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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)5031号 判決 1994年4月27日

原告

一宮光則

外一一名

右原告ら訴訟代理人弁護士

佐伯千仭

井上二郎

上原康夫

大川一夫

木村哲也

後藤貞人

菅充行

丹羽雅雄

右原告ら訴訟復代理人弁護士

池田直樹

被告

大阪府

右代表者知事

中川和雄

右訴訟代理人弁護士

井上隆晴

青本悦男

細見孝二

右指定代理人

毛利仁志

外八名

主文

一  被告は、原告稲垣浩、原告稲垣絹代、原告梅澤晴美、原告高倉正人及び原告吉田守に対し、大阪市西成区萩之茶屋二丁目六番一二号ホテル日進前の地上6.6メートルの位置に設置したテレビカメラ一台を撤去せよ。

二  原告一宮光則、原告大石琢磨、原告金玉禮、原告高柳征一郎、原告村田稔、原告山橋美穂子及び原告渡部宗正の請求並びに原告稲垣浩、原告稲垣絹代、原告梅澤晴美、原告高倉正人及び原告吉田守のその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告稲垣浩、原告稲垣絹代、原告梅澤晴美、原告高倉正人及び原告吉田守と被告との間に生じた訴訟費用は、これを三分し、その二を右原告らの、その余を被告の負担とし、原告一宮光則、原告大石琢磨、原告金玉禮、原告高柳征一郎、原告村田稔、原告山橋美穂子及び原告渡部宗正と被告との間に生じた訴訟費用は、すべて右原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一被告は、原告らに対し、別紙Ⅰ(テレビカメラ目録)記載のテレビカメラ一五台を撤去せよ。

二被告は、原告らに対し、それぞれ金一二〇万円及びこれに対する平成二年七月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の要旨

本件は、大阪府警察(西成警察署)が、大阪市西成区の日雇労働者が多く居住する通称「あいりん地区」において、同地区の街頭防犯用の目的のためとして、一五か所の交差点等の高所にテレビカメラ(合計一五台)を設置し、西成警察署等においてモニターテレビに映像を映し出すなどして使用しているところ、同地区に居住又は勤務し、あるいは同地区において労働組合活動やボランティア活動等を行っている原告らが、このようなテレビカメラの設置及び使用は、原告らの「公権力から監視されない自由」等を侵すものだなどとして、被告に対し、右各テレビカメラの撤去及び慰謝料各一〇〇万円並びに弁護士費用各二〇万円の支払を求めた事案である。

第三前提となる事実

争いのない事実及び証拠(各文末掲記)によって認定した本件の前提となる事実は以下のとおりである。

一当事者

1  原告ら

原告らは、別紙Ⅱ(あいりん地区の概略及びテレビカメラの設置位置)の赤線で囲った大阪市西成区の東北端に位置する面積0.62平方キロメートルの「あいりん地区」と称される地区(以下、この地区を「あいりん地区」、「本件地区」又は単に「地区」という)に居住し、職場を持ち、ボランティア活動の場所を有し、あるいは建物を所有するなどしており、各人の日常的な行動経路は概ね別紙Ⅲの(1)ないし(12)のとおりである(<書証番号略>、原告渡部宗正、原告稲垣浩)。

(一) 原告一宮光則は、本件地区内の大阪市西成区山王一丁目一五番二二号に居住し、日雇労働をしている。

(二) 原告稲垣浩は、本件地区内の大阪市西成区萩之茶屋二丁目五番二三号所在の釜ケ崎解放会館(以下「解放会館」という)一階の釜ケ崎地域合同労働組合(釜合労。昭和五六年三月一五日に結成され、「資本の搾取と釜ケ崎差別との闘いの推進」を標榜し、大衆闘争路線を指向する団体。炊き出し・給食や医療・労働相談、書籍(釜ケ崎炊き出しのうた)の街頭販売等に取り組む一方、メーデーでのデモ行進、「三角公園」での運動会を開催するなどしている)の委員長として、毎日同事務所に出所している。

(三) 原告稲垣絹代は、原告稲垣浩の妻であり、解放会館を所有し、これを釜合労ほかに賃貸しており、しばしば同会館を訪れている。

(四) 原告梅澤晴美は、釜合労の会計を担当し、かつ、解放会館の一階にある「釜ケ崎結核患者の会」にも関わりながら、本件地区内で日雇労働者を支援するための炊き出しなどのボランティア活動を行っている。

(五) 原告大石琢磨は、後記「出会いの家」の活動に参加し、本件地区内で日雇労働者を支援し、野宿者の救護のための夜間パトロールなどのボランティア活動を行っている。

(六) 原告金玉禮は、本件地区内の大阪市西成区萩之茶屋一丁目三番四四号社会福祉法人大阪医療センター付属病院(以下「医療センター」という)に看護婦として勤務している。

(七) 原告高倉正人は、解放会館の四階に居住している。

(八) 原告高柳征一郎は、鉄筋工(親方)であり、本件地区内にある「あいりん労働福祉センター」(以下「福祉センター」という)の一階で日雇労働の求人活動を行っている。

(九) 原告村田稔は、暁光会・エマウス教会に属する神父であり、本件地区内にある「出会いの家」に勤務して日雇労働者の支援活動を行い、本件地区内の夜間パトロールなどのボランティア活動を行っている。

(一〇) 原告山橋美穂子は、本件地区内の大阪市西成区萩之茶屋一丁目三番二三号市営萩之茶屋住宅に居住し、西成市民館で「人民中国」誌の販売や日中友好協会の活動をしている。

(一一) 原告吉田守は、解放会館の四階に居住し、日雇労働者支援のための炊き出しなどのボランティア活動等をしている。

(一二) 原告渡部宗正は、在世フランシスコ会の修道士で、本件地区内の大阪市西成区萩之茶屋二丁目五番二三号に居住し、日雇労働者の無料宿泊施設である「出会いの家」を主催し、生活困窮者に無料で食事や宿泊の世話をするほか、医療・労働相談や夜間パトロールなどのボランティア活動をしている。

2  被告

被告は大阪府警察を設置する地方公共団体であり、本件地区内に西成警察署を設置し、同所の管轄区域に太子派出所と北門派出所がある。

二あいりん地区の概要

あいりん地区の概要は、次のとおりである(<書証番号略>、証人藤原定衛、原告稲垣浩、同渡部宗正)。

1  沿革

本件地区は、かつては「難波の名呉の浜」とうたわれた漁村の一部であったが、明治三一年に制定された大阪府の宿屋取締規則に基づいて、江戸時代から貧困者の集落、スラムの典型となっていた名護町(現在の日本橋周辺)が取り払われたことから、このスラムが南に移動し、入船地区(現在の萩之茶屋一丁目付近)にこれらの人々を対象とした木賃宿ができた。これが「釜ケ崎どや街」の始まりであるとされており、昭和に入って日雇労働者が流入して地区の人口も急増した。そして、後述のように昭和三六年に「釜ケ崎暴動」が起こり、これを契機に地区対策が講じられるようになるとともに、昭和四一年六月、歴史的に暗いイメージを持つ「釜ケ崎」を改め、「あいりん(愛隣)地区」と称されるようになった。

2  位置・面積

あいりん地区は、大阪市西成区の東北端に位置し、JR大阪環状線・大和路線、南海電鉄本線・高野線・天王寺線、阪堺電気軌道阪堺線及び市営地下鉄堺筋線・御堂筋線のほか、市道尼崎平野線、堺筋線(新紀州街道)、阪神高速大阪松原線阿倍野ランプ等の主要幹線道路が交差する交通至便地であり、通天閣で有名な「新世界」の盛り場や飛田新地(旧遊廓地帯)に隣接している。その面積は、0.62平方キロメートルである。

3  人口、年齢構成

前記のような沿革的理由から、地区人口の多くを占めるのは日雇労働者であり、住民登録をしていない労働者が多いことに加えて、大型建設工事等により流動化する傾向があるため、正確な人口の把握は困難であるが、地区内に居住する日雇労働者は概ね二万一〇〇〇人で、そのうち簡易宿所や日払アパートや旅館に泊まっている労働者は一万七五〇〇人程度であり、三五〇〇人位は一般アパートやマンションに居住していると推定されている。

この他に、地区から飯場入りしている労働者(期間雇用就労者)が五〇〇〇人程度と地区外に居住しながら福祉センターを利用した就労や後記アブレ手当受給のため地区入りしている労働者が六〇〇〇人程度いるもようである(以上、地区を拠点とする日雇労働者は合計三万二〇〇〇人程度にのぼる)。

雇用保険日雇労働被保険者手帳(通称「白手帳」)の所持者(一万四八四五人)の年齢構成を見ると、平均年齢51.7歳で、四〇歳未満は一一二六人、四〇歳台が四六六八人、五〇歳台が六二五二人、六〇歳以上が二八〇九人となっており(平成二年一二月末)、高齢化する傾向にあり、その出身地は近畿が最も多いが、北海道から九州まで全国にまたがっている。

この他に、一般世帯約三〇〇〇世帯(約六〇〇〇人)と自営世帯約二〇〇〇世帯(約三〇〇〇人)があいりん地区に定住している。

したがって、あいりん地区の居住人口は合計で約三万人である。

4  労働者の状況

(一) 就労状況

労働者は、毎日早朝(午前五時ころから午前八時ころまで)、福祉センターに集まり、労働者を雇用すべくやってくる手配師等との間で、求人求職活動が行われるが、この結果、一日平均約一万五六〇〇人が就労する。

労働者の就労形態には、あいりん労働公共職業安定所(略称「あいりん職安」)の職業紹介による就労、福祉センターによる早朝現金就労や期間雇用等の職業紹介による就労のほか、公的機関に頼らず求人業者と直接契約による直行就労がある。

あいりん職安への登録者は八七〇人程度に過ぎず、その紹介による就労者は一日三〇〇人に及ばない。

早朝現金就労は、届出された求人条件をもとに福祉センターが交付したプラカードを仲立ちに、求人業者と求職者があいりん総合センター(福祉センター等のある建物、以下「総合センター」という)寄せ場で直接話し合って雇用関係の成立を図る「相対方式」によるもので、一日平均就労者は約五〇〇〇人であるが、就労先は九六パーセントが建設業である。

期間雇用(主に飯場)は、「相対方式」と窓口紹介を併用して、一日の就労者は約五〇〇〇人である。

直行就労の大半は、左官、大工、とび職、鉄筋工等の有技能者で、実態は正確に把握されていないが、一日平均五三〇〇人余りが就労していると推定されている。

他方、約五〇〇〇人は職にあぶれることになるが、これらの者で白手帳を所持し雇用保険法に定める給付要件を満たす者(二か月間に二八日以上の労働実績のある者)には雇用保険日雇労働求職者給付金(通称「アブレ手当」)(昭和五九年九月以降、一級で一日六二〇〇円)が支給される。平成二年度の支給総額は約七七億円(一二四万八三〇八日分)であり、労働者一人当たりの受給額は一か月五万九五二〇円(9.6日分)である。

(二) 生活状況

労働者の月平均収入は、一四日間就労し、9.6日はアブレ手当を受給するとして、最低でも二二万円程度になり、一日の生活費を食事代二〇〇〇円、宿泊代一五〇〇円とすると、これに半分程度を使い、残りの半分で衣類や仕事の用具等を購入したり、遊興費に使っているものと思われる。大阪市立更生相談所(市更相)に開設された通称「あいりん銀行」の預金は、八〇〇〇余の口座があり、一人平均一四万円弱の預金高となっている。

通称「ドヤ」と称される簡易宿所の近代化が進み、あいりん地区は従来の暗いイメージからビジネスホテル街の様相を呈するようになり、地区の環境は改善されてきており、地区労働者の生活も、年々自活化の傾向が強まってきてはいるが、家族を持たない単身の男性労働者がほとんどを占める状態(簡易宿所の宿泊者でみると、男性が九八パーセントを越えており、女性や子供は二パーセントに満たない)に変わりはなく、食事は、立ち呑み屋や食堂等での外食がほとんどで、住居も一泊一〇〇〇円から一七〇〇円程度の簡易宿所(最も多いのは三畳、しかし、1.5畳以下の部屋も一三パーセント程度はある)に宿泊するものが圧倒的に多い。

そのような生活状況の中で、簡易宿所は寝泊まりだけの場所であり、職にあぶれた日は、朝から公園や歩道で立ち話をしたり、ときには路上等で車座になって飲酒する者もあり、一杯飲み屋、スーパー、露店商などで飲酒・外食や買い物をしたり、あるいは、パチンコ、麻雀に興じたり、ブラブラして時間をつぶすことが多い。就労した日は、一日の仕事を終えて日当を受け取り、午後五時ないし六時ころに地区に帰ってくると、外食したり、飲酒、遊興等で一日の収入のほとんど使ってしまうことも少なくない状態で、未だ生活設計の観念に乏しい者も多いことが窺われる。

なお、かつての「ドヤ」は相部屋のことが多かったが、近年はビジネスホテル的な宿泊所として建て替えられてきており、個室が中心となったため、労働者同士のいい働き場所などの情報交換や気の合う者同士の交流なども戸外で行われることが多いようである。

5  治安状態

(一) 野宿者の状況

労働意欲の低調な者はもとより、景気の低迷が高齢者の就労を困難にさせることにつながり、生活困窮者を生み出す。関西国際空港や大阪湾岸総合開発構想や関西文化学術研究都市構想などの大型プロジェクトで活況を呈していた平成二年度の月平均の野宿者は九〇人を切っていたが、その後の長期化する不況の影響で、最近は一日二七〇人から二八〇人くらいの野宿者がいると推定されている。

(二) 泥酔保護者等

野宿者以外にも、路上や公園で酒盛りをしたり、ごろ寝をする者も少なくなく、平成二年度に地区内で保護された者は、泥酔者三六六人、精神錯乱者四八人である。

(三) 不良労働者・暴力団等

地区内には、全く働かないで生活していると博常習者(約四〇〇人)、不法行為追随者(約二五〇人)、常習泥酔者(約一〇〇人)、路上恐喝等ぐ犯者(約一五〇人)、常習浮浪者(約一〇〇人)など約一〇〇〇人ほどの不良労働者がおり、これらの者によって惹起される事件が全体の件数を押し上げており、防犯上注意を要する状況にある。

また、地区内には一四団体三九七人の暴力団(員)が把握されており、大阪府下でも著しい暴力団汚染地域であり、暴力団員の平成二年度の検挙数は三六件九四人に及んでいる。

(四) 犯罪発生状況

平成三年度の刑法犯と特別法犯の認知件数をあいりん地区と西成区、大阪市、大阪府で対比すると次表のとおりである(<書証番号略>)。

刑法犯

特別法犯

あいりん地区

五七六人

二二一人

西成区

二九二四人

四五七人

大阪市

七万三四二四人

四一五四人

大阪府

一七万七九一〇人

七二一九人

これをあいりん地区の面積である0.62平方キロメートル当たりで見ると次表のとおりとなり、単位面積当たりの犯罪発生率の高さを示している。

刑法犯

特別法犯

あいりん地区

五七六人

二二一人

西成区

二四四人

三八人

大阪市

二〇七人

一二人

大阪府

五九人

二人

また、これをあいりん地区の人口である三万人当たりの犯罪発生率で見ると次表のとおりである。これからみると刑法犯では、他の地域よりも犯罪発生率が低くなっているが、特別法犯では、相当高率になっていることがわかる。

刑法犯

特別法犯

あいりん地区

五七六人

二二一人

西成区

六二一人

九七人

大阪市

八四三人

四八人

大阪府

六〇八人

二五人

(五) 地区の犯罪特性

以上のような犯罪発生率のほかに、あいりん地区と西成区全域との人口当たりでの犯罪率を犯罪類型別に見ると、凶悪犯(一五件―二二件)、風俗犯(二九件―四一件、主としてと博)、覚せい剤取締法違反(一五五件―二三一件)及び公営競技法違反(一四件―一五件、のみ行為)はそれぞれ約三倍、粗暴犯(五二件―一一九件)、知能犯(九一件―二七五件)及び銃砲刀剣類所持等取締法違反(一二件―二八件)はそれぞれ約二倍であるのに対し、窃盗犯(二九六件―二二四一件)は約半分であり、あいりん地区の犯罪傾向の特性を示している(括弧内は、上があいりん地区、下が西成区における認知・検挙件数)。なお、地区内に特有の犯罪として、「シノギ」(泥酔者等から金品を奪取するなどの路上における恐喝等)、「世話抜き」(泥酔者の世話をするような恰好でお金を取ること)などがあり、と博やのみ行為などを含め、路上犯罪の比率が高い。

右のような犯罪の発生状況等から判断すると、あいりん地区においては、面積当たりの犯罪発生件数が飛び抜けて高く、凶悪犯罪も少なくない状況にあるが、これは、狭い地域(西成区の8.4パーセント)に多数の居住者(西成区の二一パーセント)がいることによるものであり、また、発生件数や犯罪類型から見て、暴力団犯罪や一部の不良労働者による犯罪がその中心を占めていると考えられ、あいりん地区の労働者全体の犯罪性の高さを示すというよりも、一般の労働者が犠牲になっている面もあることが窺われる。

6  集団事案の発生状況

あいりん地区では、集団により、暴行、放火、投石、器物損壊、略奪等の不法行為を敢行する事案(集団不法事案)や、事件、事故等を発端として多数の者(概ね五〇人以上)がその現場に集中し、放置すれば集団不法事案に発展するおそれがある事案(い集事案)が多発している。

(一) い集事案

い集事案の発生状況は、別紙Ⅳ(い集事案発生状況一覧表)記載のとおりであり、その発生場所は、別紙Ⅴのとおりである。昭和五八年から平成四年までの一〇年間の合計回数は七〇回(年平均七回)、い集人員の合計は約一万七七六〇人(一回平均二五〇人余)である。

(二) 集団不法事案

集団不法事案は、昭和三六年八月一日に始まった第一次から平成四年一〇月一日に始まった第二三次まで二三回発生しているが、その概要は次のとおりであり、各事案の発生の発端となった場所は別紙Ⅵ(集団不法事案発生場所(端緒)一覧表)のとおりである。なお、第二二次(六日間)の日別の「い集エリア」「火災発生場所」は別紙Ⅶの(1)ないし(6)、第二三次(三日間)の同様の状況は別紙Ⅷの(1)ないし(3)のとおりである(<書証番号略>)。

第一次(昭和三六年八月一日から五日間)

昭和三六年八月一日、日雇労働者(老人)がタクシーにはねられた交通事故をきっかけにして付近の労働者がい集し、救急車の処理の遅れから、「見殺しにした」などと騒ぎだし、次第に暴徒化した群衆が、五日間にわたり、派出所、商店、通行車両、西成警察署などを襲撃して、放火、投石、略奪等の不法行為を繰り広げた。これが最初の釜ケ崎暴動であり、死者一人を出したほか、警察官の負傷者七七一人、一般人の負傷者一六三人、検挙者一九四人、動員警察官一〇万五〇〇〇人という戦後最大の暴動事件に発展した。事件は、交通事故処理に対する不満やスラム街における不満の爆発というだけではすまされない状況を呈し、暴徒化した集団の恐怖を国民に知らしめるものとなり、地区対策の必要性を強く示すできごとでもあった。

第二次(昭和三八年五月一七日から六日間)

長雨で求人数が減少し、仕事にあぶれる者が多く、不満が鬱積していた折りから、夜間作業の求人に来た小型トラックを労働者五〇人位が取り囲み「オレ達にも仕事をさせろ」とわめきながら車をゆさぶったり、叩いたりした。通行人の一一〇番通報で西成署員三〇人を乗せたパトカー五台が現場にかけつけ、小型トラックは離脱できたが、サイレンの音を聞いて付近から集まった労働者が六〇〇人位に膨れ上がり、取材に来た新聞社の車を取り囲んで足でけったり、通りがかりのタクシーに投石するなどの乱暴を始めた。その後、説得により一旦は四散したが、再びい集し始め、通行車両やバスに投石を繰り返し、乗客が負傷する事態も生じた。離合集散を繰り返しながら六日間続いた。

第三次(昭和三八年一二月三一日から二日間)

就労のため福祉センター前に集まった約一五〇〇人の労働者が、求人が少ないことから騒ぎだし、暴徒化して通りがかりのタクシーや市バス、乗用車のほかパチンコ店などにも投石し、重傷者も出た。また、ガソリンを浸した布きれを道路にまいて放火し、交通を妨害するなどの不法行為に及んだ。

第四次(昭和四一年三月一五日の一日)

立ち呑み屋で酒代の支払を巡って店員と労働者が喧嘩となり、関係者を西成警察署に同行したことから、労働者約五〇〇人が同署に押しかけ、酔って煽る一部の労働者の煽動で同署玄関に投石するなどの不法行為を行った。なお、警備のため同署に向かう途中の私服警察官が刃物で刺される事件も生じた。

第五次(昭和四一年五月二八日から三日間)

火事現場に集まった約二五〇〇人の群衆が「消防車が遅い」などという一部煽動者の言葉に刺激され、次第に暴徒化し、パチンコ店や食堂、民家、派出所などや通行車両、電車などに放火、投石し、警察官の拳銃を奪うなどの不法行為に及び、新聞社のカメラマンらが重傷を負った。

第六次(昭和四一年六月二一日から三日間)

パチンコ店での店員と労働者との喧嘩がきっかけとなり、約一五〇〇人がい集、その後次第に暴徒化して、パチンコ店に投石し、シャッターを壊すなどして暴れ、取材のカメラマンや警察官ら九人が負傷し、南海電車も一時運行を取り止めざるをえなかった。

第七次(昭和四一年八月二六日の一日)

果物店で西瓜が腐っていたかどうかで労働者と店主が口論、これをきっかけに一二〇〇人の群衆がい集し、同店の雨戸を壊し、電車を止め、パトカーなどに投石した。

第八次(昭和四二年六月二日から八日間)

飲食代金が七〇円不足し、店主が客の頭をこづいたりしたことから、まわりにいた労働者がいきりたち、店主らを殴り、ビール瓶を投げたりしたが、パトカーが駆けつけ、一旦騒ぎは収まった。しかし、その後、再び労働者が集まり始め、「店を燃やせ」などとわめきながら同店に向かって石やビール瓶を投げつけ、店の窓ガラスや店内の食器類のほとんどを壊し、店主に負傷させるなどし、騒ぎがますます広がり、約三〇〇〇人の群衆が集まり、通行車両や商店、民家、警察官に投石するなどの不法行為を繰り返した。なお、この暴動について、当時の府警警備部長は、「いったん飲食店での騒ぎがおさまったあと、もう少し長く警官をおけば………とも思うが、警官が長くいるとよけいに騒ぎを起こすことにもなり、そのへんのかね合いがむずかしい」と新聞記者に語っており、また、警備本部では昭和四一年一一月に設置された防犯テレビカメラ(後記カメラ①②)を見ながら指揮をし、これまでのハンディ・トーキーだけに頼っていたのに比べ、群衆の動きが的確につかめ、状況に応じて本署に待機している機動隊を出動させるなど、「うてばひびく」対策が取られた旨の報道がなされている。

第九次(昭和四五年一二月三〇日の一日)

年末で求人が激減したため、一部の者に煽動された約五〇〇人の労働者が福祉センター求人詰所で、センター職員を監禁し、石油ストーブを倒して放火して詰所を全焼させ、さらに付近の商店を荒し回り、時計店のショウウィンドウを破って時計一六〇点を奪うなどの不法行為を行った。

第一〇次(昭和四六年五月二五日から五日間)

夜間作業のため求人に来たマイクロバスに労働者が無理に乗り込もうとしたことに端を発し、労働者約一三〇人が求人会社まで押しかけ、アブレ料を強要したのち、地区に潜入していた過激派学生などの煽動で、「警察が労働問題に不当介入した」として西成警察署に攻撃の矛先を向け、警察施設に対する投石や車両放火をしたほか、パチンコ店への襲撃などの不法行為を行った。

第一一次(昭和四六年六月一三日から五日間)

簡易宿所の管理人が玄関に酔っぱらって寝ていた労働者を抱きかかえて移動させようとして喧嘩になり、殴って怪我をさせたことから、騒ぎを見ていた労働者が「ドヤのオヤジはひどい」とふれ回ったため、約一〇〇〇人の労働者が集まり、酒に酔った労働者が旅館に投石したほか、旅館、パチンコ店、商店への投石、車両の放火、古物商から時計の略奪等の不法行為を繰り返し、一時電車も運転を中止した。

第一二次(昭和四六年九月一一日から三日間)

果物店の店員が酩酊した労働者を転倒させ負傷させたことから、付近の労働者が騒ぎ出し、約一〇〇〇人がい集し、その一部の者が果物店に放火して三棟を全半焼させたほか、付近の商店や消防車や機動隊に投石した。

第一三次(昭和四七年五月一日から二日間)

全港湾西成分会(総評系組合で昭和四六年末に原告稲垣浩も加盟)主催の釜ケ崎メーデーで公務執行妨害で逮捕された被疑者の釈放を要求する抗議集会がきっかけで、釜ケ崎は革命の根拠地などと称する過激派学生などの煽動で労働者約二〇〇〇人が西成警察署に押しかけて投石して窓ガラスを割り、さらに近くのパチンコ店、質屋を襲撃して時計などを奪った。

第一四次(昭和四七年五月二八日から四日間)

早朝、総合センター前で活動していた全港湾西成分会員と手配師との喧嘩に端を発し、約五〇人の労働者と手配師とが殴り合いになったことから労働者が騒ぎ出し、約二〇〇〇人が乗用車に放火したり、商店街を荒らし回り、一部が天王寺駅前まで進出し、市バスを取り囲んだり、商店を荒らすなどのゲリラ的行動に出た。新左翼系活動家などの煽動があったとみられている。

第一五次(昭和四七年六月二八日から六日間)

第一四次集団不法事案に関連する一斉検挙に抗議して釈放を求める過激派活動家らに呼応して約一〇〇〇人の労働者が西成警察署前に集まり、一部が地区内を移動しながら車両に放火や投石をするなどの不法行為を行った。

第一六次(昭和四七年八月一三日から四日間)

赤軍派学生と暴力手配師追放釜ケ崎共闘会議(釜共闘―昭和四七年ごろから「あいりん地区」に進出した共産主義者同盟赤軍派が、同年六月、旧ML派活動家等とともに結成した団体。当初、原告稲垣浩も結成に参加。過激な爆弾闘争を展開し、各種事件を引き起こした。その後、構成員の検挙、内部対立により分裂したが、なお地区内に残り活動を続けている者が存在する)などで結成した「釜ケ崎夏祭り実行委員会」主催で初めての夏祭りが三角公園で行われたが、この期間中、右翼団体が押しかけて釜共闘とこぜりあいとなり、五人が検挙され、さらに警備中の警察官に爆竹を投げつけた少年を検挙したことに端を発し、釜共闘メンバーの煽動で労働者が西成警察署に抗議行動に押しかけ、一部の労働者が新世界などでゲリラ行動をとり、車両、民家、商店等のガラスを破るなどの不法行為を行った。

第一七次(昭和四七年九月一一日から五日間)

新世界で当日新装開店したパチンコ店が機械の故障からわずか三〇分で閉店したことに不満を持った遊戯客に見物人も加わって約五〇〇人が騒ぎ出し、同店のガラスドアを叩き破り、一部は通天閣下の商店街で投石を繰り返した。

第一八次(昭和四七年一〇月三日から二日間)

医療センターで労働者と職員のトラブルについて、釜共闘が「患者対応の不適切」として取り上げて抗議行動をしたことから、約三〇〇人の労働者が商店街で爆竹を鳴らしたり、投石するなどして騒いだ。

第一九次(昭和四七年一〇月一〇日から二日間)

総合センターで釜共闘の活動家が「暴力手配師追放」集会を開き、同センターにいた手配師を次々に吊るし上げたのに対し、手配師グループ三〇人が角材を持って同センターを襲い、労働者一人に怪我を負わせたことから、釜共闘メンバーを中心にした約一〇〇人が手配師の求人組織の事務所に押しかけ、民家のガラス、駐車車両を破壊するなどの不法行為を繰り返した。

第二〇次(昭和四八年四月三〇日から二日間)

ゴールデンウィーク期間中の求人減で仕事にあぶれた労働者を釜共闘が煽動し、一五〇〇人に膨れ上がった労働者が商店街や警察施設等に投石等の不法行為を繰り返し、電車の窓ガラスや駅員詰所を叩き壊すなどして、一時電車の運行を中止させるなどした。

第二一次(昭和四八年六月一四日から一五日間)

酔っぱらい同士の喧嘩をきっかけに約三〇〇人の労働者がい集し、商店のショウウィンドウ、シャッター等を蹴り、警戒中の警察官に投石、暴行して八人に負傷を負わせた。

第二二次(平成二年一〇月二日から六日間)

西成警察署の暴力団担当刑事の贈収賄事件を契機に、釜ケ崎日雇労働組合(釜日労―昭和五一年七月に原告稲垣浩が結成。「釜共闘の実力闘争を引き継ぐ戦闘的労働組合の確立」を標榜し、実力闘争路線を指向する。労働者による寄せ場の支配権の確立を基本方針とするが、運動は転機を迎えており、体制の強化等に努めている。行政や求人業者に対する反差別闘争、越冬闘争・メーデー・夏祭り・春季賃上げ闘争・医療相談などの大衆闘争を行っている。但し、同原告は昭和五六年に脱退している)などが西成署員と暴力団との癒着問題として抗議行動を起こし、西成警察署周辺に労働者がい集し始め、ピーク時には一六〇〇人を越える労働者が集まり、先頭に立つ一部の労働者に加え、他府県などから流入してきた暴走族風の若者らが中心になって投石したり、車両に放火したほか、商店を襲撃して略奪等の不法行為を繰り返した。労働者達は後方で成り行きを眺めるだけの者が多く、長引く騒ぎに不満をもらすものもいた。また、この騒ぎで付近の商店街は臨時休業し、小学校も終業を早めるなど市民生活にも大きな影響が生じた。二日夜から六日までの逮捕者は四九人、負傷者は警察官一一四人を含む一四四人であった。第二三次(平成四年一〇月一日から三日間)

経済の低迷の影響を受けて、求人件数が激減し、仕事にあぶれた者が増大したことから、釜日労を中心に「反失業闘争」が展開されていたところ、市更相は、緊急対策として「応急援護資金貸付制度」の融資条件を緩和して対応していたが、予想以上の労働者が融資を求めたため、財源的に行き詰まった市更相が同年九月三〇日をもって応急援護金貸出を打ち切り、翌一〇月一日には職員が職場を放棄し窓口業務が停止した。

ところが、市更相に押しかけていた労働者がこれに反発して騒ぎが広まり、最盛時には約七五〇人が市更相周辺に集まり、夜間から深夜にかけて、警察部隊や市施設等に投石し、駐車車両、放置自転車、ゴミ箱等に放火を繰り返した。これにより、警察官一七名を含む一八名が負傷し、車両・自転車の火災は一〇八台に及び、一店舗で商品が略奪され、市の施設のガラス五六枚が破損し、鉄道、道路にも影響が及んだ。これに対し、三日間で延べ七五〇〇人の警察官が動員され、一三人が検挙された。

三あいりん地区におけるテレビカメラの設置状況

1  テレビカメラの設置時期及び場所等

あいりん地区には、現在テレビカメラ一五台(他に交通監視用一台)が設置されているが、その設置時期、設置場所、設置位置(高さ)、性能(旋回・ズーム)、操作場所、モニターテレビの設置場所は、別紙Ⅰ(テレビカメラ目録)及び別紙Ⅱ(あいりん地区の概略及びテレビカメラの設置位置)のとおりである(<書証番号略>、証人藤原、検証)(以下、各テレビカメラについて、別紙Ⅰ及びⅡに従って「一号機」あるいは「カメラ①」等という)。

2  本件テレビカメラの性能等(<書証番号略>、証人グレイブス、検証)

(一) 機種

本件テレビカメラは、東芝製の、TM100AC、TM101AC、TM1600、TM101C等が使用されているが、被写体照度は、TM1600の標準で一〇ルックス(レンズF1.2)、最低0.5ルックス、TM101Cでは二ルックス(レンズF1.4)であり、解像度は、TM1600で水平四二〇本以上、垂直四〇〇本以上、TM101Cで水平五五〇本以上、垂直三五〇本以上である。他機種は旧式でこれより性能が落ちると思われるが、いずれも高感度カメラである(<書証番号略>)。

旋回装置は、屋外型MH200Rなどが使用されており、旋回角度は、上約三〇度、下約六〇度、左右各約一七〇度であり、旋回速度は一秒間に約六度である。

(二) 撮影範囲

前記のように左右の旋回角度に制約があるものの、レンズには水平画角(視野)があるから、三六〇度撮影することができるが、上下の旋回角度の制約からカメラの真下など一部に死角が生じ、また、地区内の建物や樹木等による制約もある(<書証番号略>、検証)。

(三) 夜間撮影

あいりん地区内の解放会館等の各種建物前などは概ね一〇ルックス以上はあり、また萩之茶屋商店街内や自動販売機前までは二〇〇ルックスを越える照度があり、夜間でも標準的な画像が得られるが、公園などでは五ルックス程度の所もあり、鮮明な画像を得ることは困難と考えられる(<書証番号略>、証人グレイブス)。

(四) ズームアップ能力

カメラ③⑥⑧⑨⑬⑭は一〇倍、その他は六倍のズームアツプ機能があり、これを用いると近くの人の識別は容易である。ちなみに、最大の望遠にした場合、一〇〇メートル先の人の顔の長さは約一センチメートル、五〇メートル先の人の顔の長さは約二センチメートル、二五メートル先の人の顔の長さは約四センチメートルに映り、近くであれば車に書かれた字も読め、建物の内部にいる人の顔がわかる場合もある(証人グレイブス、検証)。

(五) 録画能力

ビデオデッキのコードをモニターテレビのジャックに接続するなどの操作により、モニターテレビに映った画面の録画は容易にできる。また、ビデオデッキとモニターテレビとの間にスイッチャー(自動映像切替機)を取り付けておけば、一台のビデオデッキをセットするだけで、スイッチャーの操作により、適宜任意の画面を録画することができる(証人グレイブス、検証)。

(六) 追跡的監視の可能性

前示のとおり、本件テレビカメラにはいずれも六倍ないし一〇倍のズームアップ能力があり半径数十メートル内は障害物がなければ人を識別・特定できると推測されること、テレビカメラを左右に旋回させることにより三六〇度見ることができること、尼崎平野線沿いに五台(カメラ①②⑫⑬⑭)、西成警察署周辺に七台(カメラ③⑤⑥⑧⑨⑩⑮)と狭い地域内のしかも交差点など要所要所に比較的短い間隔で多数設置されていること、そしてテレビカメラのうち①②④⑦を除く一一台については、西成警察署本署内から遠隔操作ができることなどを総合すると、旋回速度がかなり遅いことを考慮に入れても、少なくとも昼間は、尼崎平野線沿いと西成警察署周辺については、相当広範囲にわたって追跡的監視が可能であると推測される(尼崎平野線、銀座通り、センター通りに沿って移動する場合は、ほぼあいりん地区の端から端まで追跡することも不可能ではない)。

(七) 操作

テレビカメラは、操作機による遠隔操作で、旋回及び上下の運動、ズームの調整(広角〜望遠)ができる。この操作は格別難しい技術を要するものではないので、専門的な知識がなくても、操作の要領はすぐ覚えられ、防犯コーナー員は操作に習熟している。

第四当事者の主張と争点

一原告らの主張

1  肖像権、公権力から監視されない自由ないしプライバシー権

(一) 肖像権

私生活の自由として、何人もその承諾なしに、みだりにその容貌・姿態を撮影などされない自由(肖像権)を有するところ、本件テレビカメラによる監視行為は、それが録画を伴う場合は、原告らの肖像権を侵害するものである。録画装置の設置は極めて容易であり、本件テレビカメラにより録画がされている可能性は否定できない。

仮に現在録画装置を伴わないとしても、将来にわたって録画装置を伴うことによる肖像権侵害の危険は現在も存している。

(二) 公権力から監視されない自由ないしプライバシー権

(1) 憲法は、国民主権・平和主義・基本的人権の尊重を保障し、福祉国家を目指しており、国家が国民を監視する警察国家は許されない。憲法は文言上国民の「公権力から監視されない自由」なるものを規定しているわけではないが、このことはある意味で、この自由を自明のこととして認めていると解することができる。

憲法一三条は、各個人が有する「尊厳ある地位」に最大の価値を認めているから、各個人がその人格の発展を目的として行う諸活動は、その私的支配領域における営みはもとより、社会的諸活動全般についても公権力の監視・干渉から自由でなければならず、公権力が意に反して個人の諸活動に関する情報を収集することは原則的に禁止されるべきである。

(2) プライバシー権

プライバシー権は、伝統的には「ひとりで居させてもらいたい権利」ないしは「私生活をのぞき見されない権利」として、憲法一三条の中に位置づけられてきたが、科学技術の発達は、個人情報の取得、分析、集中保存を可能にし、いわゆる「監視国家体制」を生みつつある。そこで、これらの個人の諸活動を「プライバシー」の中に位置づけて保護していく必要はきわめて高いものとなっている。

本件テレビカメラによる監視対象となっている公道・公園などにおける活動もその個人にとって重要な自己情報である。特に、原告らの公園での炊き出しをはじめとするボランティア活動、集会活動、解放会館・西成市民館等への出入り、労働者との会話など、思想・信条に係わる内容を含む行動は、個人の尊厳ときわめて密接な関連を有しているから、当然にプライバシー権として保護されなければならないものであり、監視はその情報の収集であって広い意味での「私生活」をのぞき見ることにもなるから、プライバシー権の侵害である。

なお、プライバシー権をもって憲法が保障しようとしているのは「個人の尊厳」であるから、私的居住空間を一歩出た領域(たとえば公道)においてプライバシーがなくなるわけではなく、プライバシー権による保護を考えるとき、監視される場面が公道か否かは、一つの考慮要素であるにすぎない。

2 本件テレビカメラによる権利の侵害

(一) あいりん地区に住む労働者の生活実態

あいりん地区に住む労働者は、ほとんどが天涯孤独の状態で、長年にわたりドヤという簡易宿所に寝泊まりし、不安定な日雇労働に従事している。不況のあおりなどであぶれた日は、一日あいりん地区で過ごす。就労した日も夕方には帰り、寝るまでの時間をこの地区で過ごす。しかし、ドヤは狭く、個室が多く、娯楽施設もないため、立ち呑み屋で仲間と過ごしたり、公園や路上で車座になって酒を飲みながら談笑することも多い。労働者にとっては、あいりん地区は、地域全体が自分の「城」であり「生活の場」である。原告らは、このような地区に居住し、職場を持ち、ボランティア活動の場所を有し、あるいは建物を所有するなどし、日常あいりん地区内で行動している者である。

(二) 本件テレビカメラの性能

ところで、本件テレビカメラは、極めて高性能であり、その識別度、ズームアップ機能、旋回能力等とその設置台数の多さからして、特定人の地区内の動きをつぶさに監視できる機能を有するものであり、市民を昼夜を問わず「密着尾行」しているのと何ら変わらない状態である。また、モニター画面の録画も容易にできる機能も持っている。被告の主張するように街頭状況全般を見渡す程度であれば、これほどの超高性能カメラを設置する必要はない。

(三) テレビカメラ設置の目的

被告は、越冬闘争を監視するためにテレビカメラの位置を順次変更したり、原告稲垣絹代が解放会館を取得するや、同会館の出入りを映し出すことのできる位置にカメラ⑤を設置しており、このようなテレビカメラの設置経過は、被告が特定人又は特定団体の監視をも目的としてテレビカメラを設置してきたことを示している。少なくともカメラ⑤及び⑮は原告稲垣浩の活動を監視することを主目的として設置されたものである。

(四) テレビカメラの運用の実態

本件テレビカメラの運用について、西成警察署は、本訴提起後に管理要領をもうけ、プライバシーの保護に配慮して使用目的を限定しているかにみえるが、規定が抽象的であるのみならず、警察はいつでもモニターを作動させることができる。地区内が全く平穏な状態の場合でも「地区内警戒」の名目で随時監視しているのが実態である。しかも、モニター室は密室であって高性能のカメラが警察官によってどのように運用されているかをチェックする術もない。

(五) あいりん地区全体の監視体制

以上のような事実からすれば、被告は、本件テレビカメラによりあいりん地区全体を監視し、原告稲垣浩ら特定の人物ないし団体を継続的に監視しようとするものであり、録画機能により密かに監視された個人の日常社会生活を保存し、思いのままに利用することを意図しているというべきである。しかも、人は他者の存在を認識したうえで、個別にそれぞれとの距離を測り、選択、調整しながらその行動を決定しているのに対し、テレビカメラによる機械的監視はこの行動準則を破壊し、深刻な萎縮効果を生み出すものである。

(六) 表現の自由の侵害

あいりん地区内における原告らの生活実態に照らせば、道路や公園などの公共の場所も地域住民とのコミュニケーションの場(パブリックフォーラム)としての機能を果しており、被告の監視行為は、そこで保障された表現の自由に制約を加えるものでもある。

3 公権力から監視されない自由ないしプライバシー権の制約の可否

被告は、原告らの公権力から監視されない自由ないしプライバシー権を制限する根拠として、行政目的(犯罪防止目的)の警察活動であると主張しているが、被告のいう犯罪防止目的の具体的内容は不明確であり、目的と手段の関連性も明らかではない。また、個々の犯罪の発見・検挙や集団不法事案・い集事案の拡大防止について、効果を挙げたことは何ら実証されていない。

本件テレビカメラは、個人識別が可能である点をはじめとしてきわめて高性能であり、映像は記録に残りうる可能性があるから、肉眼とは比べ物にならないほど手段として高度であり、目的を達成するための手段の合理性を欠く。

仮に、い集事案等の場合にテレビカメラの効用が発揮できるとしても、そのような危険性が現に存在する場合にのみ、住民のプライバシー権の侵害を最小限に止めるチェックをしつつ使用すれば足りる。しかし、実態は、前記のとおり、平穏な場合にも常時使用されているのであり、保護されるべき公益上の利益との関係で過度な運用がされている。

被告は、あいりん地区の特殊性を理由に犯罪予防目的での設置を正当化しようとするが、地区の労働者も他の地域に住む人々と同様人権の享有主体であり、また、地区全体が労働者にとって私生活を営む空間となっていることなどに鑑みれば、本件テレビカメラの設置は到底正当化することができない。

4 行政手続の適正の欠如

犯罪予防活動という行政警察活動において、プライバシー権を侵害する場合には、令状・事前告知・聴聞などの適正手続が必要であるところ、本件は、裁判所の令状がないのはもちろん、事前の告知がなされているとはいえず、また、テレビカメラの設置・管理について地区住民に説明会を施したなどの経緯もないから、聴聞もなされているとはいえない。

5 市民的及び政治的権利に関する国際規約一七条の違反

(一) 法律原則と恣意的干渉の禁止

市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という)一七条一項は、「何人も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され……ない」として、私生活すなわちプライバシーを保護の対象とし、それが「不法に」干渉されないこと及び「恣意的」に干渉されないことを定めている。

ところで、同規約は、一般に、規約上の権利を制限するには、その制限は必ず法律によるべきこと(法律原則)を要求しており、ここにいう「法律」とは、その内容を知りうるものであり、適用について合理的な予見が可能であることなどの要件が課せられている。

また、干渉が「恣意的」でないというためには、干渉の目的が規約に照らして正当なものであり、かつ、具体的状況の下で合理性があることが必要である。そして、右合理性があるというためには、達成すべき目的と、そのためにとられる手段は比例すべきである。

(二) 本件テレビカメラと法律原則・恣意的干渉の禁止

テレビカメラを設置し、これを使用して監視を行うについては、その濫用防止のために、設置の可否・設置の期間・監視目的・監視区域・監視時間・カメラの設置台数及び性能・ビデオ録画の可否・抑止効果が予想される犯罪・地域住民の意思確認などが検討されるべきであるから、右諸点を規定する法律・政令・条例等の法令が必要である。

しかるに、本件テレビカメラの設置・使用は、右のような具体的な法律上の根拠なくして行われており、せいぜい警察法二条一項の一般的抽象的な規定があるに過ぎず、右諸点のすべてが警察の裁量に委ねられているから、法律原則に違反する。

本件テレビカメラは、被告がその目的とする犯罪予防の実効性に欠ける反面、地域全体を常時監視下において地域住民のプライバシーを侵害するなどするものであるから、目的と手段が比例しておらず、恣意的干渉の禁止にも反する。

6 原告らの損害

原告らのあいりん地区との密着度は様々であるが、全員その日常生活の全部または一部が本件テレビカメラの監視下にあることを余儀なくされている。同地区内で生活する原告らにはこの監視から逃れる術はない。そして、この監視によって原告らは日常の生活、仕事その他諸々の社会活動がいわば丸裸にされ、無意識のうちに息苦しさを感じさせられている。

この監視体制下に置かれることによる原告らの精神的苦痛は少なく見積もっても一人当たり一〇〇万円を下らない。また、原告らが本件訴訟を遂行するに当たって必要な弁護士費用のうち、原告ら一人当たりにつき二〇万円は被告が負担すべきである。

二被告の主張

1  本件テレビカメラの設置目的

(一) あいりん地区の状況

あいりん地区には、居住する日雇労働者が流動的で匿名性が高く、その生活態度は刹那的で、昼間から路上で飲酒徘徊し、喧嘩が絶えず、泥酔などによる要保護者や暴力団、不良労働者の存在、犯罪発生率の高さ、い集事案や集団不法事案の多発、暴動を煽る極左暴力集団などの存在等、他の地域に見られない特殊な状況があり、特別な治安対策が必要である。

(二) テレビカメラ設置の経緯

本件テレビカメラは、前記のごときあいりん地区の特殊な状況のもとにおいて、度重なる集団不法事案の発生を契機に、昭和四一年一一月、労働者がたむろし、不法事案発生の蓋然性の高い尼崎平野線沿いにカメラ①、カメラ②を設置したのを始めとして、以来、昭和五八年まで順次増設して現在に至っている。

(三) テレビカメラ設置の目的

本件テレビカメラは、あいりん地区という特殊な地域において、道路、広場の状況を撮影することによって、治安の維持の障害となる事態、それは単なる雑踏、混乱といったものから騒乱状態や暴動の事態をも含むが、そのような事態が発生していないかを知り、そのような事態が発生しているときには、それらの状況を把握することによって、そのような状況から生ずる不測の事態を防止し、あるいは一旦発生した事態を最小限度に抑えるための適切な措置を判断し、時機を失することなく的確にそれに対応しようとせんがために設置されているものである。したがって、このテレビカメラの設置は、地区内住民や労働者の生命、身体、財産を守り、警察の責務である公の秩序、公共の安全を維持することを目的としたものであって、警察法二条に基づく行政警察活動の一環としてなされたものにほかならず、刑事手続としての事件捜査のために設置されたものではないし、特定の個人や団体等の行動を監視することを目的にしたものでも全くない。

一般的にテレビカメラは、技術革新の進歩に伴い著しく普及した防犯機器であり、近時、銀行等の金融機関、駅、マンション等と広く活用され、従来の人の配置による方法から機械を併せ活用する防犯活動が一般化しており、本件テレビカメラも単に省力化を図る見地から導入されたものでなく、警察官のパトロール、見張り等を行う間隙を埋め、きめ細かい警察活動を維持して、犯罪を防止する上で有効である。

2  本件テレビカメラの運用の実際

本件テレビカメラは、通常のときは、概ね早朝と夕方以降の労働者の動きの激しい時間帯に、必要に応じ、受像機のスイッチを入れて、街頭に異常な様子がないかを見るという警らの補完という形で使われている。

なお、北門派出所は原則として午後六時以降午前九時ころまでは署員がいないので、その間カメラ④及び同派出所の受像機が使われることはない。

あいりん地区では、些細な事柄でたちまち多数の労働者がい集し、騒ぎが生ずることから、現場に赴いた警察官は、事件関係者を素早く現場から離す措置をとる必要がある。

そのため地区内では火災、交通事故、泥酔者の異常行動、喧嘩等の発生の報を受けたときは、該当場所のテレビカメラを操作して受信機にこれらを写し出し、その現場の状況を把握して、不測の事態の発生防止に適切な対応を判断するため本件テレビカメラを使用する。また、警察官が現場にいる限りい集状態は解消されないため、労働者を興奮させたり刺激しないよう警察官は早期に現場を離脱する必要がある。その後の現場を本件テレビカメラに写して、終熄状況を見るためにも使用する。

い集事案、集団不法事案が発生したときには、本件テレビカメラを常時使用して地区内の動静を知り、事案の鎮圧、拡大防止のための適切な警察措置をとるために使用する。この場合、本件テレビカメラにより地区内の刻々の動きを即時に把握し、的確な対応措置をとることが可能になるための有用性は大きい。

しかし、テレビ画像を録画するビデオ装置は設置されていないし、テレビカメラは方位角度の調整機能、ズームアップ機能を備えているものの、被写体周辺の明るさにも左右され、建物や樹木等の障害物もあり、旋回速度も遅いから、視野に入った人物もほどなく画面から消えるので、簡単に特定個人を対象にその行動を監視し続けることはできないし、そのような使用方法を取ったことはない。

このような実情から見ても、本件テレビカメラは通常警察官がパトロール等で公道の通行人を見ていたり、双眼鏡で街頭を見渡すのと全く異なるところはない。

本件テレビカメラについて、平成四年四月一日より防犯テレビ管理要領をもとに管理運用がなされ、その運用状況は防犯テレビ使用簿に記載されることとなっており、プライバシーには十分配慮している。

なお、原告らは、本件防犯テレビカメラの「設置」そのものが侵害行為であると主張するが、設置自体は何ら具体的な侵害行為ではなく、また活用の実態を無視した暴論である。

3  本件テレビカメラ設置の適法性

(一) テレビカメラ設置の許容要件

公の秩序・公共の安全の維持は、公共の福祉のため警察に与えられた国家作用の一つであり、警察はこれらを遂行すべき責務があるのであるから、公の秩序・公共の安全の維持のためのテレビカメラの設置は、合理的な目的があり、テレビカメラの設置状況に妥当性があり、テレビカメラの使用方法に相当性があれば許容されると解すべきである。

そして、本件テレビカメラの設置経緯、設置場所、運用状況からみて、設置目的の合理性、設置状況の妥当性、使用方法の相当性に欠けるところはなく、本件テレビカメラの設置は許容されるものである。

(二) 人権侵害の有無

(1) 肖像権

道路・広場などの公共の場所における容貌・姿態の撮影は、正当な理由と方法の妥当性があれば、肖像権の侵害にはならないが、本件ではビデオ録画がなされていないから、肖像権の侵害の問題を論じる余地はない。

(2) プライバシー権

道路・広場などの公共の場所での各人の行動は、それ自体他人の眼にふれない秘密の事項と違って、衆人の眼にふれる行為であり、そこに直ちにプライバシーの権利が成立するものではない。

また、プライバシーの権利は、私生活の静かさ、安心感の保持という個人の側の法益を守ろうとするものであり、侵害する方が私人であれ、公権力であれ、守る法益に相違が出てくるものではないから、私人による侵害の場合と公権力による侵害の場合とを区別する合理的な理由はない。

(3) 表現の自由

本件テレビカメラの設置により表現行為を直接禁止しているものではないし、道路・広場などの公共の場所における表現行為は、誰からも見られることを予定したもの、多くはそれを目的の一つとしているものといってよく、テレビカメラがあるからといって、表現行為に萎縮が生ずるとも考えにくいから、表現の自由の侵害は全くありえない。

(4) 行政手続の必要性

行政活動に事前告知・聴問等が必要かどうかは、その行政活動の性格、内容から法令によって定められるものであり、すべての行政活動にそのような手続が要請されるものではないところ、本件テレビカメラの設置のような行政活動にそのような手続を必要とする法令は存しない。

(5) 自由権規約

本件テレビカメラの設置・使用は何ら人権を侵害するものではないのみならず、個人が裁判所に対し、自由権規約の規定を直接の根拠として権利の主張ができるか疑問があり、また、警察法二条一項という根拠規定があり、目的手段の合理性もあるから、法律原則・恣意的干渉の禁止に違反しない。

三争点

1  本件テレビカメラ設置・使用の法的根拠

2  肖像権及びその侵害の有無

3  プライバシーの利益及びその侵害の有無

4  表現の自由及びその侵害の有無

5  市民的及び政治的権利に関する国際規約第一七条第一項違反の有無

6  撤去請求及び損害賠償請求の可否

第五争点に対する判断

一本件テレビカメラ設置・使用の法的根拠について

原告らは、本件テレビカメラの設置自体が法的根拠がなく違法であると主張するので、まずこの点を検討する。

1 地方自治法二条三項は、地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持し、公園、運動場、広場、緑地、道路等を管理し、環境の整備保全、保健衛生及び風俗のじゅん化に関する事項を処理し、防犯、防災、罹災者の救護、交通安全の保持等を行い、生活困窮者、浮浪者、酩酊者等を救助することなどを地方公共団体の責務として定めている。そして、これらの行政事務を司るものの一つに警察機関があり、警察法二条一項は、「警察は個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもってその責務とする。」と定めている。

さらに、警察官職務執行法(以下「警職法」という)は、警察官が警察法に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段として、職務質問(同法二条一項)、泥酔者等の保護(同法三条一項)、危害防止措置(同法四条一項)、犯罪予防のための警告や制止(同法五条)、危害予防のための他人地等への立ち入り(同法六条一項)などを定めている。

2 右のとおり、警察官は、行政警察の作用として、警職法上の各種の手段を用いて、犯罪の予防等の責務を遂行しなければならないところ、そのような警察事象が発生し、その職務の遂行を要請された場合にのみ、受動的にその責務を果たせば足りるものではなく、積極的に犯罪や危害の発生を防止し、公安の維持を図ることも要請されているというべきである。そのためには、発生した個々の警察事象に対して適切な対応をするだけでなく、警察事象の発生を予測し、あるいは早期に把握できる態勢をとる必要があり、その目的を達成するために必要な調査をしたり、立哨や警ら活動を行ったり、各種の情報を収集するなどの措置が必要となってくる。

したがって、警察法や警職法は、警ら活動や情報収集等について特別の根拠規定を置いているわけではないが、これらの行為は、警察官がその職権職責を遂行するための前提となる事実行為として、右各条項の当然予定するところと考えられる。警職法が前記各手段を規定しているのは、これらが何らかの強制力を伴い、人権を制約するおそれがある行為であるから、その権限と要件を明定しているのであって、このように強制手段に出ない限り、特別の根拠規定を要せず、警察法等の定める目的を達成するために必要な行為をすることができると解すべきである。

3 そして、本件テレビカメラによる監視行為は、主として犯罪の予防を目的とした警ら活動や情報収集の一手段であり、性質上任意手段に属するから、本件テレビカメラの設置及びその使用は、警察法及び警職法が当然に予定している行為の範疇に属するものであり、特別な根拠規定を要することなく行えるから、原告らの主張は理由がない。

二テレビカメラの設置・使用の裁量性とその限界について

1 以上のように、警察は、その責務を果たすために警ら活動や情報収集行為等を行う権限があり、その性質上も任意手段であるから、そのためにどのような方法を講じるかは、基本的には警察の裁量によるものといわなければならない。

しかるところ、情報機器やその処理システムの発達は、より合目的的で効率的な情報の取得を可能にし、これらを防犯等に有効に活用することは、警察官の責務を遂行するうえで有益であることはいうまでもなく、それが公共の安全を高め、秩序の維持に資することにもなるから、その導入を一般的に制限するのは妥当でなく、本件テレビカメラの設置、使用を含め、これら機器の導入、使用方法等は基本的に警察の裁量に委ねられているというべきである。

2(一) ところで、一般に、警察権の行使は、国民の各種の権利や利益と抵触する場面が予想されるから、必要の限度を越えることは許されないのであり、そのことは、警察法二条二項にも「警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであって、その責務の遂行に当っては、不偏不党且つ公平中立を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない。」と定められているところである。したがって、テレビカメラ等の情報機器の使用が警察の裁量に委ねられているといっても、その使用等によって個人の権利や自由に干渉することになる場合には自ずから制約を受けることになるのは当然である。

(二) また、警職法一条二項は、「この法律の規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであって、いやしくもその濫用にわたるようなことがあってはならない。」と規定し(警察比例の原則)、警職法が定める手段を行使する場合は、各規定の定める必要性や緊急性等の要件を充足し、かつ、最小の限度で使用することを要請しているところ、この趣旨は、任意手段として行われる情報収集などの事実行為にも及ぼされるべきものである。ことにテレビカメラなどを使用して、同意を得ることなくビデオ撮影などをすることは、物理的強制力を伴ってはいないものの、強制的性格を帯びることになるから、その行為の内容等に応じて、警職法上の手段に準ずる必要性や緊急性の要件が要請される場合もあるというべきである。

(三) しかも、テレビカメラによる監視は通常外部から隔離された密室等で行われるものであるから、監視対象者の側からすれば使用方法の遵守如何を確認する術がなく、その設置者による使用方法の逸脱の危険性は無視できないから、現実に適正な使用がされているか否かだけでなく、逸脱した使用がなされないような設置方法についても配慮が求められるべきであり、設置目的や必要性のほか、監視対象場所の特性(大交差点や大通りのように比較的匿名性が保たれやすい場所か、商店街のように財産の安全が強く考慮されるべき場所か、病院や政治団体のように特殊な性格を有する場所か)や代替手段にも配慮した設置状況の妥当性(性能、配置等)も考慮されなければならない。

(四) テレビカメラ等の情報機器は、警察官の目・耳・記憶の延長線上の補完物に止まるものではなく、警察官の目や耳では取得することの困難な情報を大量にもたらし、それを限りなく集積し、多様な利用の道を開くから、テレビカメラによる監視も情報収集活動の一つではあるが、交番等での立哨・巡回や肉眼あるいは双眼鏡等を用いた街頭の視察等と同列に論じることはできず、人の配置に比れば、比較的安価であり、大量に設置することが容易であることにも鑑みれば、その濫用の危険性は高い。したがって、その利用には格別の配慮が必要である。

3 以上のとおり、情報活動の一環としてテレビカメラを利用することは基本的には警察の裁量によるものではあるが、国民の多種多様な権利・利益との関係で、警察権の行使にも自ずから限界があるうえ、テレビカメラによる監視の特質にも配慮すべきであるから、その設置・使用にあたっては、①目的が正当であること、②客観的かつ具体的な必要性があること、③設置状況が妥当であること、④設置及び使用による効果があること、⑤使用方法が相当であることなどが検討されるべきである。そして、具体的な権利・利益の侵害の主張がある場合には、右各要件に留意しつつ、その権利・利益の性質等に応じ、侵害の有無や適法性について個別に検討されることになる。

本件では、肖像権・プライバシー権・表現の自由など各種の権利・利益の侵害が主張されているので、以下、まず、本件テレビカメラの設置理由をみたうえで右各要件の充足の如何を概観し、しかる後、個別の権利・利益の侵害の有無や侵害がある場合のテレビカメラの設置及び使用によりもたらされる利益と被侵害利益との関係を詳細に検討して、適法性の有無を判断することとする。

三本件テレビカメラの設置理由及び目的の正当性等について

1  設置理由

大阪府警本部は、昭和四一年五月の第五次集団不法事案の発生を契機として、大阪府及び大阪市と協議し、それまでの集団不法事案で投石や放火などが多発した尼崎平野線沿いにテレビカメラを設置し、街頭状況を監視する体制を採用することとし、同年一一月に新今宮駅前にカメラ①を、旧大寅交差点にカメラ②を設置した。その後は西成警察署で必要性等を検討し、府警本部に申請して順次設置してきた。

こうして設置されてきた各カメラの設置場所付近の状況と現時点においても設置を継続している理由は、次のとおりである(<書証番号略>、証人藤原定衛)。

カメラ①(昭和四一年一一月一八日設置)

尼崎平野線と南海電鉄及びその側道が交差する比較的大きな交差点に設置されているが、その南側には、総合センターがあり、同センター周辺には、毎日早朝数千名の労働者が集まり、就労をめぐって労働者と求人業者とのトラブルや労働者同士の喧嘩口論が多く、過去四件の集団不法事案が発生し、尼崎平野線では労働者が関係する交通事故も多発しており、これらの事案を早期に発見し、措置する必要がある。

カメラ②(昭和四一年一一月一八日設置)

尼崎平野線と人通りの多い「銀座通り」が交差する「旧大寅交差点」に設置されているが、同交差点周辺は酒に酔った労働者が多く、付近の商店の者とのトラブル等がみられ、過去三件の集団不法事案も発生しており、「旧大寅交差点」を中心とした尼崎平野線と銀座通りでの発端事案を早期に発見し、措置する必要がある。

カメラ③(昭和四二年三月二八日設置)

萩之茶屋南公園(通称「三角公園」)の南側に設置されているが、同公園は労働者の集合場所・野宿場所となっており、周辺ではシノギ・と博等の犯罪発生が多く、犯罪抑止と発端事案の早期発見と措置のために必要である。

カメラ④(昭和四二年三月二八日設置)

飛田新地北側の入口の「新開通北門前」に設置されているが、その周辺の飛田新地及び周辺商店街では覚せい剤事犯や売春事犯等の犯罪が多く、犯罪抑止と発端事案の早期発見と措置のために必要である。

カメラ⑤(昭和五三年一二月設置)

センター通りの中間付近にある「ホテル日進」前に設置されているが、センター通りは総合センターに通ずる目抜き通りであり、労働者の通行量が一番多く、労働者同士の喧嘩、シノギ、と博等の犯罪の発生が多く、犯罪抑止と発端事案の早期発見と措置のために必要である。

カメラ⑥(昭和四四年一二月九日設置)

通称「小便ガード」と呼ばれる阪南線のガード下を監視できる位置に設置されているが、同ガードと近くの「緑の広場」周辺は労働者相手の飲食店も多く、労働者がたむろし、喧嘩事案等が多く、過去二件の集団不法事案が発生しており、「小便ガード」及び緑の広場を中心に銀座通りの犯罪を抑止し、発端事案の早期発見と措置のために必要である。

カメラ⑦(昭和四五年一二月二二日設置)

新世界ジャンジャン町から飛田新地に至る中間点に位置する飛田本通りの商店街にある「喫茶ウーピー」前に設置されているが、同所周辺は覚せい剤や喧嘩事案が多く、飛田本通り商店街における犯罪抑止と早期発見のために必要である。

カメラ⑧(昭和四七年二月二日設置)

市更相前に設置されているが、市更相には多数の労働者が相談等のため来所し、相談業務を巡るトラブルが多く、ことあるごとに労働者らの集団抗議行動の対象ともなり、平成四年には同相談所の業務取扱いを巡って第二三次集団不法事案が発生しており、同所前における発端事案を早期に発見し、措置する必要がある。

カメラ⑨(昭和四七年二月二日設置)

萩之茶屋商店街とセンター通りの交差点に設置されているが、同商店街は、労働者相手の飲食店が多く、酒に酔った労働者同士の喧嘩、店員とのトラブル等の事案が多く、同商店街及びこれと交差するセンター通りでの犯罪抑止と発端事案の早期発見と措置のために必要である。

カメラ⑩(昭和四八年一〇月九日設置)

萩之茶屋商店街と銀座通りの交差点に設置されているが、西成警察署(但し現在他所に仮移転中)前の銀座通り付近は酒に酔った労働者が多く、喧嘩、口論、保護事案が多く発生しており、過去四件の集団不法事案も発生しており、西成警察署を中心とした銀座通りの犯罪抑止と発端事案の早期発見と措置のために必要である。

カメラ⑪(昭和四八年一〇月九日設置)

医療センター前に設置されているが、同センター前は労働者の野宿場所となっており、周辺ではシノギ犯罪の発生や労働者同士のトラブルが多く、過去一件の集団不法事案も発生しており、同センター前を中心にセンター通りの犯罪抑止と発端事案の早期発見と措置のために必要である。

カメラ⑫(昭和四九年一二月一九日設置)

尼崎平野線と国道二六号線の交差する主要交差点である花園北交差点付近に設置されているが、同交差点は、特に早朝に求人車両が多くみられ、業者と労働者とのトラブルの発生が多く、過去二件の集団不法事案も発生しており、犯罪抑止と発端事案の早期発見と措置のために必要である。

カメラ⑬(昭和五〇年一〇月六日設置)

尼崎平野線と堺筋線の交差する太子交差点に設置されているが、同交差点周辺は、労働者が関係する交通事故や労働者同士のトラブル事案の発生が多く、過去一件の集団不法事案が発生しており、同交差点付近を中心とした犯罪抑止と発端事案の早期発見と措置のために必要である。

カメラ⑭(昭和五〇年一〇月六日設置)

新世界と飛田新地の間にある「大一パチンコ店」前に設置されているが、飛田本通り商店街は、売春事犯や覚せい剤事犯の発生が多く、犯罪抑止と発端事案の早期発見と措置のために必要である。

カメラ⑮(昭和五八年八月二〇日設置)

萩之茶屋中公園(通称「四角公園」)の南西角に設置されているが、同公園は、労働者の野宿場所となっており、労働者同士の喧嘩事案やシノギ犯罪のほか、泥酔者や病弱者の救護事案も多く、四角公園を中心として、センター通りの犯罪抑止と発端事案の早期発見と措置のために必要である。

2  目的の正当性等

(一) 目的の正当性

右に見てきたとおり、本件テレビカメラの設置場所は、集団不法事案が発生したときに多くの労働者らがい集し、投石や放火などの不法行為が行われやすい地区内の主要道路である尼崎平野線、新紀州街道、銀座通り、センター通り沿い(カメラ①②⑤⑥⑧⑫⑬)、多数の労働者が集まるためトラブルも多く、い集事案が発生しやすい地区内の主要建物である総合センター、市更相付近(カメラ①⑪⑧)、野宿場所になっていたり、シノギ、と博、覚せい剤、売春等の犯罪や喧嘩などの多い三角公園、飛田新地北門付近、小便ガード、緑の広場、飛田本通り、萩之茶屋商店街、医療センター前、萩之茶屋中公園付近(カメラ③④⑥⑦⑨⑩⑪⑭⑮)であり、その用途は、主として、街頭における犯罪の抑止と、い集事案や集団不法事案が発生した場合の発端事案の早期発見と措置を目的とするものであると認められ、その目的には十分な正当性がある(但し、カメラ⑤については、開放会館前の道路との関係で問題があり、以下の諸点についても同様であるが、その点は後に判断する)。

(二) 設置及び使用の必要性

先に概観したように、あいりん地区においては、かなりの数の野宿者がおり、泥酔して保護を要する者も少なくなく、一部の不良労働者や暴力団員らによるシノギなどの粗暴犯、と博、覚せい剤等の街頭犯罪の発生率が極めて高く、善良な労働者がその犠牲になっている状況が存在し、また、一〇年間に七〇回ものい集事案が発生し、昭和三六年の釜ケ崎暴動以来三〇年間に集団不法事案が二三回も繰り返されている実態がある。

これらは他の地域には見られない特徴であり、ことに集団不法事案が発生した場合は、放火や投石による器物の破壊や、投石等によって警察官を中心とする多数の者の生命、身体に危害を加え、電車や自動車の通行が妨害され、商店街では略奪が行われるなど、地区住民の生活を破壊するだけでなく、交通の要衝でもある地域全体に甚大な被害を及ぼすものであり、その終息は容易ではなく、その予防、鎮圧のために適切な手段が必要であることは明らかである。

原告らは、事故や火事、喧嘩等で人が集まるのは世間でもしばしば見られる現象であると指摘するが、地域に定住し、家族や財産を有し、あるいは定職を持つ者がただ興味本位で集まる場合と、必ずしもそのような密接な結びつきがあるわけではなく、飲酒していることが多く、また、日常の生活状態に対する不満を抱えることも少なくない者が多数含まれているなど地区特有の状況があるうえに、ことあらば労働者を煽動して騒ぎを大きくすることを意図しているグループがあることが窺われるあいりん地区の場合とを同列に論じられるものではないことは、過去の集団不法事案への発展が明白に示しているところであり、い集事案に対する対応を不要とする原告らの主張は採用できない。

このような街頭犯罪を抑止し、集団不法事案に発展する恐れのあるい集事案を早期に把握し、適切な対策を講じ、集団不法事案に発展した場合にも、その早期終息に向けて有効な手だてを講じるために役立つのであれば、本件テレビカメラの設置及びその使用は、十分に必要性が認められるというべきである。

(三) 設置状況の妥当性

各カメラの設置位置とその目的は先に見たとおりであり、その目的に照らして、それぞれの配置場所は、個々的に検討するとそれぞれに相応の理由がある。犯罪抑制目的からは、近接した位置でも別個に設置する必要が生じることも理解できないわけではない。しかし、西成警察署の周辺に七台と尼崎平野線沿いに五台のテレビカメラが集中して設置されており、各テレビカメラの性能をも考慮すれば、使用方法によっては、地区の主要部分をほぼ網羅的に監視し、個々の対象者を追跡的に監視することも不可能ではない状況にある。本件テレビカメラの目的は、い集事案や集団不法事案に対応することの方により重要性があると考えられ、街頭状況を概観できればその目的はある程度達成できると考えられることからすれば、いささか過剰に設置されているきらいがあるし、被告が必要最小限にするために十分な検討をしたのかも疑問がないわけではないが、街頭犯罪の抑止目的も考慮すれば、未だ裁量の範囲を逸脱するほどの不当性があるとまではいえない(但し、カメラ⑭は、旋回機能を使ってビルの内部にいる人物の風貌まで撮影することができる位置に設置されており、そのビルの使用者等との関係では問題がないわけではない)。

(四) 本件テレビカメラの有効性

(1) 犯罪抑止、保護等

西成警察署が昭和四九年八月一二日夜に発生した二人組の連続二件の路上強盗をモニターテレビで捉え、警察官を現場に急行させて現行犯逮捕したこと、これが昭和四一年にテレビカメラを設置して以来初めて直接犯行現場をキャッチして逮捕に至ったものであると報道され(<書証番号略>)、昭和五七年一月二〇日に行われた参議院決算委員会において、カメラ①ないし⑭が設置されていた状況で、あいりん地区にこれらのテレビカメラが設置されていることが人権を侵害するのではないかとの議員の質問に対し、説明員の警察庁刑事局保安部防犯課長は、昭和五六年に監視テレビによって有効に対処できたケースとして、刑法犯二一件、保護五〇件、その他(喧嘩の仲介や火災の発見等)が二八件であり、相当の効果があると答弁しており(<書証番号略>)、平成四年四月の一か月で喧嘩の現場、路上と博、交通事故現場、傷害事件、泥酔者の保護、路上強盗、路上での焚き火など二〇件について現状確認のために本件テレビカメラが利用されたことが認められる(<書証番号略>、証人藤原定衛)。

また、刑法犯に限ってみれば、昭和四六年を一〇〇とすると昭和五六年は五七、平成三年は三九と顕著な減少を示しており(<書証番号略>)、社会情勢の変化やテレビカメラ以外の地区対策の進展などによる成果の部分も相当あると考えられるが、テレビカメラによって直接的に犯罪行為等を捕捉することに加え、その存在自体による犯罪抑止効果も注目に値するものがあると思われる。

(2) 集団不法事案、い集事案の予防、拡大防止

集団事案との関係における効果は統計的に把握できるものではないが、昭和四八年六月以来平成二年一〇月まで、多数回のい集事案の発生にもかかわらず、集団不法事案には至っていないことは、この間に発生したい集事案において適切な処理がされていたことを推測させるものである。

集団不法事案やい集事案が発生した場合、情報把握、管理の一元性、迅速性などが要請されると推測されるところ、現場に派遣した警察官だけでは、全体状況の把握が十分にできないおそれがあるのに対し、テレビカメラによって現状の正確な把握ができれば、適切な対応がしやすいことは明らかであろう。また、このような事態が発生した場合、警察官と労働者の間に緊張関係が高まることも少なくなく、一応の現場処置をした後は、できるだけ早期に警察官を現場から引き揚げさせた方がい集を解消させる効果がある場合もあり、そのような場合には、事後の現場状況の推移は本件テレビカメラに頼ることになる(証人藤原定衛)。

第二三次集団不法事案におけるテレビカメラの利用状況を見ると、西成警察署は、平成四年一〇月一日から同月一七日まで警戒体制を保持していたが、その間、防犯コーナー員を二名一組にして、早朝から深夜まで八号機を中心にモニター監視を実施し、い集の規模、投石等の状況、現場の交通状況、車両への放火状況等を把握し、警察官の配置状況を確認しながら、現場に配置した警戒員と連絡をとり、部隊の配置、その変更(転配)、現場周辺の交通規制、事件・事故の処理等を行っている(<書証番号略>)。

これらの事実からすれば、本件テレビカメラは、集団不法事案等あいりん地区に特有の事態に対処するうえで相当の役割を果たしているものと認められる。

(五) 使用方法の相当性

(1) 防犯目的でのテレビカメラの使用は、いまだ犯罪が具体的に発生していない段階にあることに鑑み、個人を識別・特定したうえ追跡的に監視するような使用方法は原則としてできないと解すべきである。もっとも、いまだ犯罪が具体的に発生していない段階にも、(イ)対象者が全く適法な行動に出ている場合、(ロ)異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由がある場合(警職法二条の場合)、(ハ)犯罪がまさに行われようとしている場合(同法五条の場合)等種々の段階があり、例えば、右(イ)の状態にある対象者を追跡的に監視することは、監視により得られる法的利益との権衡の面からいって到底許され得ないものと解され、右原則がそのまま妥当するが、他方、右(ハ)の状態にある場合は、その対象者を追跡して監視を続ける必要性があることは明らかであり、また、右(ロ)の状態にある場合にも、犯罪がまさに行われようとする場合に警告、制止等をするために警察官を派遣するなど、適切な措置を検討する必要上、そのような状態が続いている限り、追跡的に監視することも許されると解すべきである。

(2) ところで、本件テレビカメラは、西成警察署の防犯コーナーが中心になって管理しているが、防犯コーナーは、昭和三六年の釜ケ崎暴動をきっかけに設置された部局で、地区住民の相談業務、地区の実態把握、情報資料の整備保管等を職務としており、現人員は一四名である。

防犯コーナーは、本訴提起までテレビカメラの使用方法について特別な取決めをしていなかったが、平成四年四月一日、「大阪府西成警察署防犯テレビ管理要領」を作成し、本件テレビカメラ及びモニターの管理について、管理責任者、管理担当者、取扱責任者及び取扱担当者を定め、使用目的を、泥酔者の保護、喧嘩口論、火災、い集事案等の処理その他警察活動上必要がある場合と定めた。そして、使用を希望する者は、管理責任者ないし管理担当者に使用目的を告げて、その承認を受けて使用するものとされ、使用日時、使用目的及び使用者を「防犯テレビ使用簿」に記入するものとされ、テレビカメラの使用に当たっては、プライバシーを侵害することのないようにしなければならないとされている(<書証番号略>)。

(3) そして、右管理要領の作成後は、西成警察署の本署においては、右管理要領に従って、防犯コーナー、交通課、警ら課、刑事課、警備課等と当直において使用しているが、防犯コーナーは、毎日午前一〇時前後と午後一時前後に各一〇ないし二〇分程度、地区内の状況を定期的に監視するのが主たる使用方法であり、当直は、午後六時ころから午後八時ころの約二時間程度地区内警戒のため使用し、他には、喧嘩の現場、路上と博、交通事故現場、傷害事件、泥酔者の保護、路上強盗、路上での焚き火などを発見し、又は通報を受けた場合にその現場の確認等に使用し、メーデー等の警戒のためにも使用している。右使用簿によれば、平成四年四月の一か月間における一日平均使用時間は二時間五〇分となっている(<書証番号略>、証人藤原定衛)。

太子派出所では、早朝に福祉センターに数千人の労働者が就労のために集まるので、カメラ①を使用してその様子を観察するほか、カメラ②⑦を使用して、尼崎平野線、銀座通り及び飛田本通りの状況を適宜観察している(証人藤原定衛)。

北門派出所では、昼間カメラ④を使用して飛田新地北門付近の状況の把握を行っているが、夜間は署員が不在になるため、原則として使用されない(証人藤原定衛)。

なお、両派出所は警ら課の管轄下にある。

(4) 本件テレビカメラの使用状況は、概ね右のようなものであり、少なくとも管理要領が作成された後においては、何らの事件・事故等の発生もないのに、長時間にわたり、特定人をズームアップして監視したり、追跡するような使用方法がなされたとまでいうべき状況は見られない。

しかし、管理要領作成以前における使用実態は明らかではなく、またその後の平成四年四月三〇日と五月一日には、釜ケ崎メーデーの前夜祭及び当日の警戒のため、四、五時間連続して監視しているが、具体的な監視状況を被告側で何ら説明しておらず、警察の関心からすれば、活動家等の動きを監視していた可能性は否定できない。とはいえ、管理要領の作成の前後を問わず、具体的に不当な使用をしてきたと認めるに足りる証拠はない。

四権利侵害の有無等について

1  肖像権及びその侵害の有無

何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を写真撮影・ビデオ録画されない自由を有するものであるから、公権力がテレビカメラによる録画をすることは、たとえそれが犯罪捜査のためであっても、現に犯罪が行われもしくは行われたのち間がないと認められる場合ないし当該現場において犯罪が発生する相当高度の蓋然性が認められる場合であり、あらかじめ証拠保全の手段、方法をとっておく必要性及び緊急性があり、かつ、その録画が社会通念に照らして相当と認められる方法でもって行われるときなど正当な理由がない限り、憲法一三条の趣旨に反し許されないと解される(最高裁昭和四四年一二月二四日大法廷判決・刑集二三巻一二号一六二五頁、東京高判昭和六三年四月一日・判時一二五八号二二頁各参照)。

犯罪予防の段階は、一般に公共の安全を害するおそれも比較的小さく、録画する必要性も少ないのであって、このような場合に無限定に録画を許したのでは、右自由を保障した趣旨を没却するものであって、特段の事情のない限り、犯罪予防目的での録画は許されないというべきである。

そして、犯罪予防目的をもって本件テレビカメラを利用している本件において、被告に原告らの容ぼう・姿態をビデオ録画することを許すべき特段の事情は認められない。

したがって、これらの行為が行われれば原告らの肖像権を侵害したものとして違法とされるべきことは言うまでもない。

しかしながら、被告が本件テレビカメラで撮影した原告らの容ぼう等を録画していることを認めるに足りる証拠はない。

2 プライバシーの利益及びその侵害の有無

(一)  プライバシーの利益

憲法一三条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と定めているところ、この個人の尊厳は、相互の人格が尊重され、不当な干渉から自我が保護されることによってはじめて確実なものとなるのであるから、右条項は個人の尊厳を保障する上で必要不可欠な人格的利益を広く保障する趣旨のものであると解される。そして、その一環として、他人がみだりに個人に関する一定領域の事柄、例えば、私的生活関係を構成する事柄、趣味・嗜好・性癖等に関する事柄、精神過程に関する事柄、内部的な身体状況に関する事柄等についての情報を取得することを許さず、また、他人が自己の知っている個人の一定領域に関する事柄をみだりに第三者へ公表したり、利用することを許さず、もって人格的自律ないし私生活上の平穏を維持するという利益(以下、「プライバシーの利益」という)は、充分尊重されるべきである。しかし、プライバシーの利益の人格的利益としての多義性ないし抽象性に鑑みると、法的に保護を受ける利益としてどの程度に強固なものかについては、個々の事案によって異なるものというほかはなく、すべての場合において常に他者の基本的人権や国家権力の行使の目的その他の法的利益に優先して、右条項により実定法的保護が与えられるものとまではいえない。

(二)  テレビカメラによる監視とプライバシーの利益

近時、銀行、デパート、深夜営業の販売ストア、駅、ホテル、マンション、地下商店街等において、防犯・防災の目的でテレビカメラが設置、使用されていることや、交差点や大通りにおいて、交通事情の把握や交通整理の目的等のために使用されていることは周知のとおりである。

被告は、このような状況をとらえて、一般にテレビカメラを防犯に利用することが承認されていると主張するが、これらの多くは、その施設等の管理者が限定された範囲で自己防衛的に設置していたり、目的が限定されているものであり、設置していることを表示していることも多く、表示がなくても一般的に監視されていることが予測できないわけではないのであって、その支配領域に任意に入る者は、その設置状況が不相当なものでなく、通常予測される限度で撮影され、その目的に従った利用がされる限りにおいて、暗黙のうちにこれを了解していると解することができる。

これに対し、本件テレビカメラは、公道上に相当広範囲にわたって設置し、その目的も必ずしも限定されたものではないのであって、対象者の意思に反する場合も少なくないと考えられるから、その設置、使用が一般に承認されているものとまではいいがたい。

(三)  公道における監視とプライバシーの利益

プライバシーの利益は、右に述べたように他人がみだりに個人に関する情報を取得すること等を許さないことによってもたらされる人格的利益であるから、道路や公園などの公開された場所では、居宅内などの閉鎖空間における無防備な状態とは異なり、誰に見られるかもわからない状態に身を委ねることを前提として、人はその状況に応じて振る舞うなど、自ら発信すべき情報をコントロールできるから、その意味では、その存在自体を見られることにより影響されるプライバシーは縮小されているといえる。

しかし、公道においても、通常は、偶然かつ一過性の視線にさらされるだけであり、特別の事情もないのに、継続的に監視されたり、尾行されることを予測して行動しているものではないのであって、その意味で、人は一歩外に出るとすべてのプライバシーを放棄したと考えるのは相当でない。

同じく公共の場所とはいっても、例えば病院や政治団体や宗教団体など人の属性・生活・活動に係わる特殊な意味あいを持つ場所の状況をことさら監視したり、相当多数のテレビカメラによって人の生活領域の相当広い範囲を継続的かつ子細に監視するなどのことがあれば、監視対象者の行動形態、趣味・嗜好、精神や肉体の病気、交友関係、思想・信条等を把握できないとも限らず、監視対象者のプライバシーを侵害するおそれがあるばかりか、これと表裏の問題として、かかる監視の対象にされているかもしれないという不安を与えること自体によってその行動等を萎縮させ、思想の自由・表現の自由その他憲法の保障する諸権利の享受を事実上困難にする懸念の生ずることも否定できない。

また、右のように特別な意味あいを持つ場所でなくても、例えば自宅の前に警察の設置したテレビカメラがあり、往来の様子や路上での行動をいつ監視されているかわからない状況に置かれた場合、なにがしかの不快感や圧迫感を受け、自由に振る舞えない感情を抱くこともありうるが、特段の理由もなく、このような不快感や圧迫感を与えることは、それだけでもプライバシーの利益を損なうおそれがあるといわなければならない。

以上のように、人が公共の場所にいる場合は、プライバシーの利益はきわめて制約されたものにならざるを得ないが、公共の場所にいるという一事によってプライバシーの利益が全く失われると解するのは相当でなく、もとより当該個人が一切のプライバシーの利益を放棄しているとみなすこともできない。したがって、監視の態様や程度の如何によってはなおプライバシーの利益を侵害するおそれがあるというべきである。

(四)  公権力による監視とプライバシーの利益

原告らは、「公権力により監視されない自由」という概念のもとに、公権力が個人の情報を収集することは原則として禁止されるべきであると主張するが、権利概念として必ずしも明確とは言いがたく、また、公共の安全等のための必要性の有無などを無視して安易にこれを認めることは妥当ではなく、既述のプライバシーの利益の範疇で判断するのが相当である。もっとも、国家や自治体などの公権力による行為は、その特性として、私人の情報収集の場合に比べて規模・能力の点で格段に優れており、個人に関する大量の情報が集積されやすいこと、公権力自体はいわゆる知る権利等の基本的人権の享有主体ではなく、その権限の行使は法律に基づくことを要しかつ法律の執行のために必要最小限の範囲に限られ、自ずから個人の情報の取得・公表・利用についても制限のあるべきことなどの事情が存在するから、プライバシーの利益の侵害やその正当化の可否、裁量権の逸脱の有無の判断にあたってこれらを斟酌する必要があり、その指摘としては留意すべきであるが、結局、それで足りるものというべきである。

(五)  本件テレビカメラの設置・使用の利益とプライバシーの利益

本件の場合、先に認定したように、警察により相当多数のテレビカメラが狭いあいりん地区内に設置され、人の生活領域の相当広い範囲を継続的に監視しうる体制がとられており、監視の目的・態様も、交通把握や商店密集地や施設内部の防犯ないし安全確保という程度に止まるものではなく、また、特別の事態が生じたときのみならず日常的に監視が行われており、監視区域に入った者を無差別に監視することになるから、地域との関わりなどは対象者によってそれぞれ事情は異なるが、プライバシーの利益を侵害する可能性があることは否定できない。そして、プライバシーの利益は、私人間においてはもちろん、警察権等の国家権力の行使に際しても充分尊重されなければならない。

しかし、他方、プライバシーの利益は、他の私人のいわゆる知る権利や表現の自由などと対立する場合があり、公権力との関係においても、公務の執行にあたって必要最小限の範囲では個人に関する情報を収集する必要を認めなければならないから、これら他者の利益や公共の福祉にも配慮しなければならない。

そして、本件の場合、先に判断したように設置されているテレビカメラは、それぞれに設置及び使用が許容されるべき一応の要件を備えており、被告は、これを使用して犯罪防止等公共の福祉を達成するために活動しているのであるから、侵害される原告ら個々のプライバシーの利益の実質、侵害の程度等を勘案し、個別事案の具体的な状況に即して、被告の本件テレビカメラの設置及び使用の利益を保持させることが相当か否かを検討しなければならない。

(六) 原告らのプライバシーの利益の侵害の有無等

原告らのあいりん地区への係わり、それぞれの地区内での日常的な行動経路(別紙Ⅲの(1)ないし(12))は、先にみたとおりであるが、これを前提に以下検討する。

(1) 道路上のテレビカメラについて

原告らは、いずれも地区内で移動する過程で、カメラの設置された尼崎平野線(カメラ①②⑫⑬⑭)、新紀州街道(カメラ⑧)、銀座通り(カメラ⑥⑩)、センター通り(カメラ③⑤⑨⑪⑮)、萩之茶屋商店街(カメラ⑨⑩)、飛田本通り(カメラ⑦)、飛田新開筋(カメラ④)、小便ガード(緑の広場)(カメラ⑥)等を通過し、全部又は一部のカメラの監視区域に入る可能性がある。

しかし、これらの道路は、多数の人の通行する主要道路であり、匿名性や一過性が比較的保たれやすい場所であり、保持されなければならないプライバシーの利益はさほど大きいわけではないのに対し、これら道路が集団不法事案やい集事案の際の投石や放火や略奪の場所となってきており、それら事案が発生した場合の状況把握の必要性が高く、路上犯罪を警戒しなければならない必要性もあることからすれば、それらの監視の際に、原告らがたまたまこれら道路を通過することによって監視下に置かれ、なにがしかのプライバシーが侵害されることがあっても、受忍すべき限度に止まるというべきである。

(2) 公園付近のテレビカメラについて

原告稲垣浩、同梅澤晴美及び同吉田守は、しばしば萩之茶屋中公園(四角公園)(カメラ⑮)で炊き出しをし、原告稲垣浩は、萩之茶屋南公園(三角公園)(カメラ③)で集会や運動会を行っているが、公園は、道路に比較すると監視に一過性があるとはいいがたく、原告稲垣浩など炊き出しや運動会の主催者が継続的に監視される危険がある。しかし、三角公園は労働者の野宿場所となっており、シノギやと博等の犯罪の発生率の高いところであり、四角公園も労働者の野宿場所となっており、労働者同士の喧嘩やシノギなどのほか、泥酔者や病弱者の救護事案も多いのであって、原告稲垣浩らの前記活動は、屋外で多数の労働者とともに公然と行っていることであって、特にその活動状況を秘匿する必要があるとは考えられないことからすれば、継続的監視によるプライバシーの利益の侵害があるとしても、重大なものとはいえず、防犯目的でテレビカメラを設置、使用する利益の方が大きいというべきである。他の原告らも両公園を散歩したり、付近を通過することがあるが、道路の場合と同様、そのような一過性の監視は、テレビカメラの必要性と比較して、受忍すべきものである。

(3) 公共施設付近のテレビカメラについて

総合センター(福祉センター、医療センターを含む)(カメラ①⑪)、市更相(カメラ⑧)、西成市民館(カメラ⑮)等についても、その周辺を監視できるテレビカメラが設置されているが、総合センターは、原告一宮光則は求職・就労活動のため、同稲垣浩、同大石琢磨、同高倉正人及び同渡部宗正は労働者の引率や書類の提出、医療相談や職安相談の付添いのため、同高柳征一郎は求人活動のため、同山橋美穂子は「人民中国」誌の販売のためなどで訪れることが多く、同吉田守は雨の日の炊き出し場所にしており、市更相には、原告稲垣浩、同大石琢磨、同高倉正人、同吉田守及び同渡部宗正は労働者に付き添って相談に訪れることが多く、西成市民館には、原告梅澤晴美、同金玉禮及び同山橋美穂子は日中友好協会の活動や集会のために訪れている。

これらの公共施設は、多数の地区労働者が利用する施設であるが、このうち総合センターは、毎朝数千名の労働者が求職のために集まる場所であり、毎朝監視が続けられているが、監視対象の匿名性や監視の一過性が保たれていると考えられ、特に原告らのプライバシーが侵害されるおそれが高いとはいえず、い集事案や集団不法事案の多発地点であることによる監視の必要性からすれば、仮になんらかのプライバシーの侵害があったとしても容認すべきである。

これに対し、市更相は、生活困窮者等が相談に訪れる場所であり、そのような相談者を逐一監視するような監視方法を採っているとすれば問題があるというべきであるが、右原告らは、困窮した労働者らを支援するため、労働者を引率して行っているのであり、右原告らについては、特にその行動を秘匿すべき理由もなく、その限りで右原告らのプライバシーを侵害するおそれは少ないと考えられる。また、市更相の事務取扱いを巡って、平成四年に第二三次集団不法事案が発生しており、右事案の発生には行政側の不手際などの問題もあったことが窺えるものの、それだけでなく相談業務を巡るトラブルも少なくないことからすれば、全体的な状況を監視するためには使用することもやむをえないと考えられる。

また、西成市民館は、集会などにも利用される場所であり、特段の必要性や緊急性もないのにテレビカメラを使用して集会の主催者や参加者を監視するとすれば、プライバシーを侵害するおそれがあるから、そのようなおそれのある位置にテレビカメラを設置することは望ましくない。

しかし、一般に個々の市民にとっては、その利用は一時的なものにすぎないし、これまでそのような監視方法がなされたと認めるべき証拠はなく、前記のように、四角公園及びセンター通りを監視する必要性が高く、他に適当な設置場所もないことからすれば、現在の位置に設置していることはやむを得ないものといわざるをえない。

(4) 解放会館付近のテレビカメラ(カメラ⑤)について

(イ) 解放会館と原告らとの関係

カメラ⑤は、後記のとおり解放会館への出入りの状況を監視できる位置にあり、原告らは、この点を設置・使用の適法性との関係で問題とするので、まず、原告らと同会館との関わりについて検討する。

原告稲垣浩は、昭和四七年、過激な実力闘争を行っていた釜共闘に参加し、昭和五一年、「釜共闘の実力闘争を引き継ぐ戦闘的労働組合の確立」を標榜し、実力闘争路線を指向する釜日労を結成し、昭和五六年、意見の違いから釜日労と分かれ、大衆闘争路線を指向する釜合労を設立し、以後は、炊き出し給食や医療・労働相談、書籍(釜ケ崎炊き出しのうた)の街頭販売等に取り組む一方、「釜ケ崎で人として生きる権利、働く権利の確立をめざそう」と呼びかけ、釜ケ崎メーデーでデモ行進をしたり、三角公園で「春・秋の運動会」を開催するなどの活動を展開している。しかるところ、原告稲垣浩は、昭和五三年秋ころ、それまでドイツ人神父が一階で食堂を経営していた五階建のビルを妻である原告稲垣絹代が購入したのを契機として、これを釜ケ崎解放会館と称して活動の拠点とすることとし、その二階に釜日労の事務所を置き、釜日労と分かれて釜合労を結成してからは同会館の一階にその事務所を置いて、ここを拠点に前記のような活動を続けてきている。

また、原告高倉正人及び同吉田守は、解放会館に居住し、毎日同会館に出入りしており、原告梅澤晴美は、仕事の後、解放会館で釜合労の事務を執っており、原告稲垣絹代は、解放会館の所有者兼賃貸人であり、そこに夫の事務所があることなどから、同会館を訪れることが多い。

そのほか原告一宮光則は、解放会館に相談・知人訪問のため訪れることがあり、原告山橋美穂子は、解放会館へ集会の案内のため赴くことがあるなど、それぞれ解放会館と若干の係わりがあり、原告大石琢磨、原告金玉禮及び原告渡部宗正は比較的頻繁に同所付近を通行しているが、直接同所に係わりのある行動をしているわけではない。

(ロ) 原告らのプライバシーの利益の侵害の有無

右事実を前提とすると、原告稲垣浩については、大衆闘争や労働運動の拠点である解放会館を警察により継続的に監視されることは、その活動内容、人的交流などのすべてを把握されるおそれがあり、その行動の自由を制約されるだけでなく、そこに出入りする者の行動にも影響を与え、その結果、同原告及びその所属する労働組合の活動に事実上の支障を生じさせるなどの不利益を及ぼすおそれが高く、結社の自由や団結権に深刻な影響を与えるだけでなく、同原告のプライバシーの利益をも侵害するものというべきである。このような侵害は、監視体制が維持されている以上、実際に監視がなされているか否かにかかわらず、対象となる可能性のある者にいつ監視がなされるかわからないという不安感を与え続けることになり、行動を抑制する点で同じ効果があり、その限りでプライバシーの利益が害されるというべきである。

また、原告高倉正人、同吉田守、同梅澤晴美及び同稲垣絹代は、原告稲垣浩に付随したものとしても、出入りの度に監視されるおそれがあり、精神的負担を与え、行動を不当に抑制されることになるのであって、その程度は軽いとはいえ、やはりプライバシーの利益を損なうものと認めるのが相当である。

しかし、その他の原告らに関しては、監視されることによって、何らかのプライバシーの利益が侵害されることがあるとしても、その程度は極めて低いというべきである。

(ハ) カメラ⑤の目的

(a) カメラ⑤の移動状況

カメラ⑤は、昭和四三年一一月一一日に西成区萩之茶屋一丁目一一番一五号(萩之茶屋小学校南東角)に新設され、昭和五〇年一二月から昭和五一年二月ころまで花園公園南側に移転され、その後、元の位置に戻され、昭和五三年一二月ころ、現在のホテル日進前に移動されたものであるが、その経過は以下のとおりである。

花園公園では、昭和四五年一二月以来、全港湾西成分会や釜共闘などが中心となり、年末年始の仕事のない時期の労働者の救済のために同公園にテント等を張って、炊き出し、医療、パトロールなどの活動をし、大阪府や大阪市に対して仕事や援助を要求する運動が越冬闘争と称して行われてきていた。原告稲垣浩は、第二回越冬闘争から運動に係わってきており、オイルショック後の昭和四九年一二月から始まった第五次越冬闘争中に、公営の施設への入所を要求して多数の労働者とともに各施設に押しかけたことから何度も住居侵入罪で逮捕されたが、釈放後、不況のためテントを必要とする労働者がいると主張して、逮捕中に撤収されていたテントを再設置し、そのうえバリケードを築いたり、公園内に小屋を作ったりして、長期越冬態勢を整えた。これに対し、大阪市は、警告を発し、原状回復を命じたが、原告稲垣浩らは、仕事がないのに立ち退きを要求するのは「殺人行政」であるなどと主張して、これを無視し続けたため、昭和五〇年二月二六日に行政代執行で右テント等は撤去されることになった。しかし、原告稲垣浩は、数十人の労働者と共に、ヘルメットや角材等を用意してバリケード内に立てこもって機動隊に抵抗し、凶器準備集合罪等で再度逮捕されるに至った。

このような事件があったため、西成警察署は、第六次越冬闘争に備えて、その期間中(昭和五〇年一二月から昭和五一年二月ころまで)萩之茶屋小学校南東角に設置していたテレビカメラを花園公園南側に移動し、越冬闘争の様子を監視し、警備警戒に使用したが、その終了後、再び元の位置に戻していた。

ところが西成警察署は、原告稲垣絹代が解放会館を取得し、原告稲垣浩がその二階に釜日労の事務所を設置した直後ころに、萩之茶屋小学校南東角にあったカメラ⑤を現在のホテル日進前に移動した(<書証番号略>、原告稲垣浩)。

(b) 移動の理由

被告は、カメラ⑤をホテル日進前に移動した理由として、「昭和五二年ころから通称「白手帳」の制度が定着しだしたことに伴い、労働者の通行量も銀座通りからセンター通りへと移り、労働者同士の喧嘩やシノギ等の犯罪も増加してきた。」と説明している(<書証番号略>)。

しかし、別紙Ⅰの地図から明らかなように、カメラ⑤があった萩之茶屋小学校の南東角というのは、センター通りのほぼ中央に位置しており、センター通りの監視のためには最適に近い場所である。また、昭和五三年当時は、既にカメラ⑨と⑪が設置されており、萩之茶屋小学校の南東角は、両カメラのほぼ中間に位置し、両カメラとの連携関係においても優れている。したがって、センター通りの監視のためには、萩之茶屋小学校の南東角にテレビカメラがあれば十分にその目的を達成することができるはずであり、これをわずか南のホテル日進前に移動させる必要性は認めにくい。

にもかかわらず、被告は、大阪市に移転申請をして、ホテル日進前に移動させているのであり、その目的は、ホテル日進前から銀座通りに抜ける東西の道(以下「日進前道路」という)の監視にあったと考えるほかはない。しかるに、被告は、日進前道路の監視の必要性について、銀座通り付近では泥酔者や病弱者の救護事案も多いと説明するものの(<書証番号略>)、銀座通りについてはすぐ近くにカメラ⑥もあり、日進前道路は西成警察署の一路北側の道路であって巡回なども容易な場所であるから、仮に保護事案が発生したとしても、さして対応が困難とは考えられない。

ところで、日進前道路は、センター通りから銀座通りへ抜ける間道であり、日進前道路の中程南側には解放会館があり、移設したカメラ⑤からは、解放会館の玄関が見え、その出入りの状態が手に取るように観察でき、会館前に出された立看板の文字なども読み取ることができる(検証)。

このようにホテル日進前への移動に合理的理由が見出せないことに加えて、その移設時期並びに当時の原告稲垣浩の活動状況を考えれば、カメラ⑤は、解放会館自体を監視する目的で現在の位置に移設されたものと解するほかはない。

なお、最近発生した第二二次及び第二三次集団不法事案においても、日進前道路は比較的道幅が狭いこともあり、顕著ない集状況は見られず、不法事案も第二二次で九九件の車両放火などがあったうちの一件がセンター通りから少し東に入った地点で起こっているにすぎない。これに対し、萩之茶屋小学校の南東角から銀座通りに至る道は、日進前道路より広く、はるかにい集も不法事案の発生件数も多い(第二二次で車両放火等八件)ことが認められる(<書証番号略>)。このような事情をみても、萩之茶屋小学校の南東角からホテル日進前にカメラ⑤を移動する合理的な理由があったとは考えられない。

(ニ) カメラ⑤の設置・使用の適法性

(a) カメラ⑤が現在地に移設されたころは、先にみたとおり、原告稲垣浩は、実力闘争路線をとっていた釜共闘や釜日労に係わっており、凶器準備集合罪等でしばしば逮捕されるなど過激な行動を繰り返し、警察から地区における要注意人物の一人として尾行を付けられるなど監視対象とされていたものであり、その活動状況からすれば、警察がその行動を逐一把握する必要がなかったとはいえず、同原告に対する監視を行っていたとしてもあながち不当であるとはいえない。したがって、右のような状況で解放会館を監視する目的でカメラ⑤を移設したとしても、それを直ちに非難することはできない。

(b) しかし、原告稲垣浩は、昭和五六年に釜日労と分かれ、実力闘争路線をとっていない釜合労を結成し、従前に比べて比較的穏健な労働運動を展開してきており、平成二年の第二二次集団不法事案においても、同原告が煽動等に係わっていたと疑うべき状況も特にないし(<書証番号略>)、被告も釜合労や同原告自身を監視対象にしなければならないとの主張を全くしていない。そうすると、同原告や釜合労に対する監視の必要性は次第に低下していったものというべきである。もちろん監視をいつまで継続するのが許されるか、どの時点で打ち切るべきかなど、その状況の判断は容易ではないと推測され、同原告の行動様式や釜合労の活動内容などをある程度の期間継続的に観察することによって判断する以外にないが、少なくとも現時点においては、同原告や釜合労が違法行為を行う蓋然性が高いとはいえないし、そのようなおそれがあるとの主張も立証もないから、監視体制を継続する正当な事由が存続しているとはいいがたい。

(c) 他方、カメラ⑤は、先に認定したとおり、地区内で最も人通りの多いセンター通りにおける労働者同士の喧嘩、シノギ、と博等の犯罪の抑止と発端事案の早期発見、措置のためには必要性があり、効果もあるものと推測されるが、センター通りの監視については、元の位置(萩之茶屋小学校南東角)に設置するなど代替地に事欠かないし、その移設の費用等も過大なものとも考えられない。

(e) これらの諸事情を勘案すると、現時点においては、カメラ⑤を現在の位置に設置しておくことは、原告稲垣浩、同稲垣絹代、同高倉正人、同吉田守及び同梅澤晴美との関係において違法であるというべきであり、同カメラが前記のズームアップ機能・旋回機能を有しそれらを利用しての監視のおそれが否定できない以上、その撤去を命ずるのが相当である。

なお、解放会館の二階には釜日労の事務所があり、第二二次集団不法事案においてその委員長が逮捕されている(<書証番号略>)ことなどからすれば、その情報収集活動が是認される可能性は大きいと考えられるが、被告はその監視のためにカメラ⑤を設置(移動)したと主張しているものではないし、仮に何らかの監視の必要性があったとしても、まずは別途の方法を検討すべきであり、いずれにせよ右の意味でも監視の必要性が明らかにされていないから、結局、前記原告らのプライバシーの利益の侵害を容認することはできないことになる。

3  表現の自由及びその侵害の有無について

(一) 前示のとおりあいりん地区の労働者は一人暮らしの者が大半であり、かつ、そのほとんどは比較的狭い簡易宿所の一室に独立して起居しており、また、これらの者の資力は比較的乏しいものと推測されるから、同地区の道路や公園が相互の交流を図るための恰好の場となっていることは想像に難くないが、原告らは、右実態を前提に、これらの場所は表現の自由がより強く保障されるべき「パブリック・フォーラム」であるとしたうえ、本件テレビカメラによる監視が表現の自由を侵害するものだと主張するので、以下右主張の当否を検討する。

(二) 原告らの主張する「パブリック・フォーラム」論は、その当否はさておき、もともと、公共的な場所における意見の表明・デモ行進や対話集会を目的とする使用については、その場所の特性に応じ、表現の自由・集会の自由の観点から、本来の利用(道路・公園でいえば、通行・休息)に優先されるべき場合があるとして、設置者側の規制による直接的な使用の禁止に限界があることを示す理論であると思われるから、本件のように、本来の利用との優先関係とは別に、公共の場所を監視することの当否が問題となっている事例にとって適切な理論か否かは明らかではないが、原告らの主張の趣旨が、あいりん地区の道路や公園が労働者の交流の場として貴重であり、表現の自由の観点から格段の配慮がなされるべきであって、萎縮効果なども念頭に置いたうえで間接的な規制も禁止・制限されるべきであるという点にあると解するにしても、右交流の形態として挙げられる道路や公園での世間話やゲーム、車座になっての飲酒・歓談などは、同地区の特殊性を反映した利用実態を念頭にプライバシーの利益との関係で論じられるのはともかく、直ちに表現の自由の保障の対象となるとは到底考えられないから、いずれにせよ、かかる利用実態を理由に表現の自由の侵害を認めることはできない。

(三) なお、あいりん地区の実態はともかく、一般に、街頭での署名集め・ビラ配りや公園での集会などをテレビカメラで監視することが、表現の自由・集会の自由さらには思想・信条の自由などとの関係で、合法性・妥当性に疑いを入れる余地のないものであるか否かは一考を要すると思われ、監視行為の中断や角度の一時的固定化その他の措置が必要とされる場面も想定されないではないが、特段の事情もないのに将来の侵害の可能性だけで他の法的利益をすべて犠牲にしてテレビカメラの設置を一切禁止することまでは認めがたく、そのような侵害ないしそのおそれが具体化した時点でどのような対応が適切かは、具体的状況のもとでしか判断することはできないから、本件では、表現の自由などの侵害を理由にして原告らの主張を認めることはできない。

4  市民的及び政治的権利に関する国際規約一七条一項の違反の有無について

我が国も批准している自由権規約はその一七条一項において、「何人も、その私生活(プライバシー)、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。」と規定し、①右権利を制限するには法律に基づくことが必要であること、及び、②右権利の制限は(法律に基づく場合であっても)恣意的になされてはならないこと、を求めている。

ところで、被告は、個人が裁判所に対し右条文を直接の根拠として権利の主張ができるかについては疑問があると主張するが、同条文は、「何人も」と規定し、同規約の他の条文同様、個人がその権利を保障されるという形式をとっているから、規約の内容を実現する国内法の制定などを待つまでもなく、個人が直接に規約自体によって権利を与えられるものと解すべきであるし、我が国の法制上、そのように解するにあたって妨げとなるべき特段の事情もない。

そこで、本件について規約違反の有無を検討するに、まず、前記のとおり本件テレビカメラの設置・使用は法律上の根拠を有するから、①の違反は認められない。次に、先に検討したとおり、本件テレビカメラ(カメラ⑤を除く)の設置・使用は、公共の安全等の法益を守るために必要であり、かつ、手段として相当であるから、恣意的なものとはいえず、②の違反も認められない。

五撤去請求及び損害賠償請求の可否について

1  撤去請求

以上検討してきたところから、少なくとも現時点においては、原告稲垣浩、同稲垣絹代、同高倉正人、同吉田守及び同梅澤晴美との関係において、カメラ⑤を現在の位置に設置しておく必要性はほとんどなくなっており、これを継続することによって、右原告らのプライバシーの利益を侵害するおそれがあるから、違法状態になっているというべきであるが、僅かに移動させれば右違法状態を解消することが可能であり、そのために過大な費用を要するとも思われないことなども考えれば、同カメラの撤去を求める右原告らの請求は理由がある。しかし、その他の原告らとの関係では理由がない。また、その他のテレビカメラについては、その設置及び使用に違法は認められないから、その撤去請求はすべて理由がない。

2  損害賠償請求

既述のとおり、カメラ⑤が現在の位置に移設された昭和五三年当時は、原告稲垣浩の活動状態からして、その行動を監視することが許されない状況であったとまではいえず、その後、同原告の活動内容からその必要性が減少し、あるいは消滅したとはいえ、その時期は明白でなく、また、その必要性が無くなった後も被告が同原告の監視を実際に行っていたことを認めるに足りる証拠はない。実際に監視されていないとしても、対象者にそのことが分からない状況の場合は、対象者に不安感を与え、その行動を抑制する効果があることも否定できないが、同原告は、労働者の前面に立って過激な活動内容を繰り広げてきていたのであり、監視されることにより失われるものがさほど大きいとはいえないことなどを考慮すれば、多少の制約があったとしても、従前の被告の行為について、直ちに不法行為が成立するとはいえない。

原告稲垣絹代、同高倉正人、同吉田守及び同梅澤晴美との関係においても、もともと右原告らに対する直接的な監視が行われていたかどうかも明らかではなく、解放会館との関わりも原告稲垣浩とは相当異なるし、同原告に付随して監視されるようなことがあったとしても、同原告の行動に追随していたものである以上、ある程度はやむを得ないことというべきである。

したがって、右各原告らについて、その損害賠償請求は、弁護士費用の請求も含めて、理由がないものと判断する。また、その他の原告らの損害賠償請求に理由がないことは、前示と同様である。

六  結論

以上の次第であるから、原告らの請求は、原告稲垣浩、同稲垣絹代、同高倉正人、同吉田守及び同梅澤晴美との関係において、カメラ⑤の撤去を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとする。なお、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さない。

(裁判長裁判官井垣敏生 裁判官田中昌利 裁判官清水俊彦)

別紙<省略>

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